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七章
8、忘れましょう
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早朝、アフタルはベッドから降りた。
辺りはすでに明るいが、まだ太陽は姿を現していない。
気持ちのいい朝だ。そう、ふり返ってベッドを見るまでは。素敵な朝だった。
シャールーズが上半身裸で眠っている。もちろんアフタルのベッドで。
手当てと称して、彼の服をひん剥いたのは、他でもない自分だ。
「わたくしったら……なんてはしたないことを」
酒量が多くなかったせいで、昨夜の記憶はしっかりと残っている。
「ふ、ふふふ……あり得ませんよね。王女たる者が、守護精霊に迫るなど」
あの記憶はきっと夢。シャールーズは暑くて、きっと服を脱ぎ捨てただけ。
朝日を浴びて妙な夢のことは忘れよう。
そう考えて、ベランダへと出る。
ベランダのテーブルには、ミントとレモンの入ったグラスが残されていた。
「…………っ!」
声にならない悲鳴を上げて、部屋に飛び込む。そしてソファーに頭を抱えて丸まった。
「何してんだ?」
あろうことか、シャールーズが顔を覗きこんできた。
今、一番会いたくない人だ。
「来ないでください。見ないでください。せめて服を着てください」
「脱がしたのは、アフタルだろうが。おはよう、エロアフタルさん」
「きゃーーーっ!」
クッションを次々とシャールーズに投げつける。もちろん、全部受けとめられてしまったが。
「そんなに後悔するんなら、なんで俺を襲ったんだ?」
「襲ってないです。手当てをしたかっただけなんです」
「ああ、そうだな」
低く落ち着いた声。ソファーに腰を下ろしたシャールーズが、アフタルの頭を撫でてくれた。
もうクッションはない。
そもそもふんわりと柔らかなクッションが武器になるはずもない。
「アフタルのおかげで治ったぞ」
「……嘘です。わたくしは何にもしていません」
「心のこもったキスをしてくれた」
恥ずかしさに、顔を上げることが出来ない。まだうずくまったままでいると、シャールーズに髪をいじられた。
「……他の人にキスしないでくださいね」
「するわけないだろ。っつーか、その言葉、そっくりそのままアフタルに返すけどな」
「う……ううっ」
シャールーズは、アフタルの髪を指先でくるくると巻いて遊んでいる。
「あの……他の人を抱きしめて眠ったりしないでくださいね」
「有り得ないな」
ようやくアフタルは顔を上げた。
「わたくしだけですよ?」
「当然」
シャールーズは指をまっすぐにして、てのひらをアフタルに向けた。約束の印だ。
アフタルも同じようにして、二人のてのひらを重ね合わせた。
二人の時間が、いつまでも続きますように、と。
辺りはすでに明るいが、まだ太陽は姿を現していない。
気持ちのいい朝だ。そう、ふり返ってベッドを見るまでは。素敵な朝だった。
シャールーズが上半身裸で眠っている。もちろんアフタルのベッドで。
手当てと称して、彼の服をひん剥いたのは、他でもない自分だ。
「わたくしったら……なんてはしたないことを」
酒量が多くなかったせいで、昨夜の記憶はしっかりと残っている。
「ふ、ふふふ……あり得ませんよね。王女たる者が、守護精霊に迫るなど」
あの記憶はきっと夢。シャールーズは暑くて、きっと服を脱ぎ捨てただけ。
朝日を浴びて妙な夢のことは忘れよう。
そう考えて、ベランダへと出る。
ベランダのテーブルには、ミントとレモンの入ったグラスが残されていた。
「…………っ!」
声にならない悲鳴を上げて、部屋に飛び込む。そしてソファーに頭を抱えて丸まった。
「何してんだ?」
あろうことか、シャールーズが顔を覗きこんできた。
今、一番会いたくない人だ。
「来ないでください。見ないでください。せめて服を着てください」
「脱がしたのは、アフタルだろうが。おはよう、エロアフタルさん」
「きゃーーーっ!」
クッションを次々とシャールーズに投げつける。もちろん、全部受けとめられてしまったが。
「そんなに後悔するんなら、なんで俺を襲ったんだ?」
「襲ってないです。手当てをしたかっただけなんです」
「ああ、そうだな」
低く落ち着いた声。ソファーに腰を下ろしたシャールーズが、アフタルの頭を撫でてくれた。
もうクッションはない。
そもそもふんわりと柔らかなクッションが武器になるはずもない。
「アフタルのおかげで治ったぞ」
「……嘘です。わたくしは何にもしていません」
「心のこもったキスをしてくれた」
恥ずかしさに、顔を上げることが出来ない。まだうずくまったままでいると、シャールーズに髪をいじられた。
「……他の人にキスしないでくださいね」
「するわけないだろ。っつーか、その言葉、そっくりそのままアフタルに返すけどな」
「う……ううっ」
シャールーズは、アフタルの髪を指先でくるくると巻いて遊んでいる。
「あの……他の人を抱きしめて眠ったりしないでくださいね」
「有り得ないな」
ようやくアフタルは顔を上げた。
「わたくしだけですよ?」
「当然」
シャールーズは指をまっすぐにして、てのひらをアフタルに向けた。約束の印だ。
アフタルも同じようにして、二人のてのひらを重ね合わせた。
二人の時間が、いつまでも続きますように、と。
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