上 下
84 / 153
七章

4、蜂蜜酒が問題だ

しおりを挟む
「……どうしたんだ? 妙だぞ」

 ベッドで上体を起こしたシャールーズは、目を丸くした。
 自分に向かってくるアフタルが、ほんのわずかだが床から浮いているように思えたからだ。

 それが足取りがしっかりしていないせいだと気付くのに、しばらくかかった。

「何がですか? わたくしは、いたって普通ですよ」
「なんか、ふわふわしてる」
「それはですね、湖から夜に吹く風のことを『夜風』というからです」
「訳分かんねぇ。っていうか、それとアフタルの様子が変なのと何の関係があるんだ?」

 アフタルはグラスを置いて、ベッドに上がった。

「天気予報官は、言葉選びに情緒がないのです。そうですね。『小夜風さよかぜ』とか、いかがでしょう。ただの夜風よりも素敵ですよね」
「……夜が小さくなっただけじゃねぇか」
「もうっ。シャールーズも風情や趣を解さない人なんですか? 困ります、そういうの」

 頬を膨らませたアフタルは、シャールーズにしがみついた。
 何事が起っているのか分からないシャールーズは、目をしばたたいている。
 見上げてくるアフタルは、なぜか膨れっ面だ。

 意味不明だ。訳が分からない。いったいどうなってるんだ。

「えーとですね、アフタルさん? 俺は何か悪いことをしましたかね」
「悪いことだらけです」

 アフタルは手を伸ばすと、シャールーズの両頬をつねった。

「すぐにわたくしに意地悪するし」
「まぁ、可愛いものは虐めたくなるよな。よくない趣味だとは思うけどな」
「可愛いだなんて」

 アフタルは、ぽっと頬を朱に染めた。だがすぐに真顔に戻る。

(なんだ、これ?)

 カシアで、アフタルの新たな面を見た時も、正直驚いたが。
 真面目でおとなしい王女の衣を脱ぎ捨てた時のアフタルは、非常に興味深い。

 よし、これは観察するに限る。

「いえ、論点はそこではありません。わたくしに黙って姿を消すし」
「しょうがねぇよな。怪我もかなりひどかったしな。カイがいなけりゃ、俺は未だに湖の底だ」

「許しません!」
「なにを?」

「勝手に湖の底に沈むなんて。わたくしの許可を得ていません」
「おいおい……」

 シャールーズは困り顔で天井を仰いだ。もしかしたら女官長を呼んできた方がいいだろうか。
 さっきアフタルは何かを飲んでいたが、妙な薬でも入ってたんじゃないだろうな。

 アフタルにのしかかられたままで、シャールーズは動かない。非力な王女の体をのけることなど簡単なのだが……。

(こんなアフタルも珍しいし、面白いから。まぁいいか)

 翻弄されるのも、悪くはない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

国外追放を受けた聖女ですが、戻ってくるよう懇願されるけどイケメンの国王陛下に愛されてるので拒否します!!

真時ぴえこ
恋愛
「ルーミア、そなたとの婚約は破棄する!出ていけっ今すぐにだ!」  皇太子アレン殿下はそうおっしゃられました。  ならよいでしょう、聖女を捨てるというなら「どうなっても」知りませんからね??  国外追放を受けた聖女の私、ルーミアはイケメンでちょっとツンデレな国王陛下に愛されちゃう・・・♡

婚約破棄をしてくれた王太子殿下、ありがとうございました

hikari
恋愛
オイフィア王国の王太子グラニオン4世に婚約破棄された公爵令嬢アーデルヘイトは王国の聖女の任務も解かれる。 家に戻るも、父であり、オルウェン公爵家当主のカリオンに勘当され家から追い出される。行き場の無い中、豪商に助けられ、聖女として平民の生活を送る。 ざまぁ要素あり。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...