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六章

15、価値のない王女たち

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「残っている兵士の力を貸してもらえますね。カイに頼めるでしょうか」
「兵士って……ここの男たちはもう」

 言いかけて、ミーリャははっとした表情を浮かべた。
 その視線はカイに向けられている。
 
 カイの心を守りたいのだろう。
 剣闘士として売られたカイの仲間たちが、ボロ雑巾のように扱われ、命を落としている者もいるなど、知らせたくないのだろ。
 それはカイを大事に思うミーリャの優しさだ。

「奴隷状態である剣闘士を解放し、弟ティルダードを救い、国をエラ伯母さまの手から取り戻す。わたくしとミーリャ、そしてカイ、三人の利害が一致しますね」

 アフタルはにっこりと微笑んだ。

 けたたましい音が聞こえたと思うと、広場に馬車が停まった。
 王宮の馬車とは違い、荷物を運ぶ幌馬車だ。御者台には二人の男が座っている。

「おや、これはこれは。珍妙なことですね」

 御者席の隣にいたのは、長髪の男だった。
 その姿を見たシャールーズとラウルが、露骨に顔をしかめる。

「ここは確か、カシアのはず。なにゆえ、我が国の王女が越境なさっておられるのかな」

 ラウルに似た銀の髪。だが薄い唇をゆがめた表情は酷薄だ。年齢は三十代半ばほど。
 王亡き後、王宮でエラに付き従っていた騎士団長だ。

「その言葉、そっくりあなたにお返しします。アズレット」

 アフタルは、アズレットを睨みつける。
 震えそうになる手をしっかりと握りしめ、はしたなくとも地面に足を踏ん張って立つ。

「サラーマの騎士団長ともあろう者が、次期国王であるティルダードではなくエラ伯母さまに従い、しかも国境を越えてまで人買いですか」

 かすれる声を悟られるな。弱い王女だと侮られるな。
 アフタルは、短剣を持つ手に力をこめた。

 自分には何の力もない。けれど誇りはある。
 邪魔者だと排除されるのを、いつまでも易々と受け入れる人間だと思っているのなら、大間違いだ。

「ふんっ。エラさまに逆らおうなど、ゆめゆめお思いにならぬことですな」

 アズレットは、アフタルから視線をそらして、ミーリャ達を見据えた。
 
「それが最後の奴隷ですか」
「カイは奴隷じゃないわ」
剣奴けんどの補充もままならぬとは。あとは奴らの数は減るばかりですな。まぁ、あなた方は、離宮に引っ込んでおられるのがよろしかろう」

 では、と頭を下げるとアズレットは馬車を出すよう、御者に命じた。

 エラの側近である彼が、ミーリャの正体を知らぬはずはないだろうに。よほど興味がないのか、ミーリャのカテナ行動を咎める様子もなかった。
 
 軽んじられた、価値のない王女二人。
 それがアフタルとミーリャだった。
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