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六章
14、わたくしのために
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化粧をすると、女性はあれほども化けられるのかと、今更ながら感心する。
ミーリャは顔を隠すように、慌てて背中を向けた。
高慢で、一方的に言いがかりをつけて人を陥れて。でもそれは訳あってのことだと、今なら分かる。
「わたくしのために、ロヴナとの婚約が破棄されるよう動いてくれたのでしょう? フィラ。あなたがロヴナの心を奪い、恋人となって」
もう一つの名前を聞いて、ミーリャはびくっと肩をすくませた。
観念したように瞼を閉じて、空を仰ぐ。
「ミーリャ……と。フィラは偽名ですから。どうして分かったんですか?」
「ロヴナがフィラを追いかけてきた時と、あなたが離宮に来てくれた時が、ほぼ同じでした。それと、精霊たちの力を呪術といいましたね」
「あっ」
ミーリャは声を上げた。
サラーマの人間ならば、精霊の力は加護というはずだ。精霊の力は、護りなのだから。
「あたしの詰めが甘かったってことですね」
「髪の長さも、気付くきっかけでした。夫か父を亡くした女性が断髪するのは、カシアの風習ですから」
そう、だから未亡人であるエラも髪が短い。
「ミーリャ。あなたはエラ伯母さまの娘なのでしょう? 王宮でカシア人が勤めるなど、よほどの伝手がないと無理ですから」
それにカシアの王女であるミーリャに慣れているから、カイはアフタルの身分を知っても驚きもしなかったのだろう。
「あーあ。参っちゃいますね」
ミーリャは大きなため息をついた。
「派手な化粧とか、目をほとんど閉じてることで、かなり顔が変わると思ったんですけど」
「変わってますよ。あなたの化粧法はすごいですね。まるで魔術です」
「お褒め頂き、光栄です」
ミーリャは苦笑した。どこかが痛むような笑顔だった。
「で、あたしをどうなさるんですか? ここでお別れ? それとも拘束しますか?」
ミーリャが好きでもないロヴナを誘惑したのは、アフタルの縁談を壊すためだ。
それはただの善意からではない。
「いいえ、あなたさえよければこのままで。ミーリャ、あなたはわたくしを利用できると踏んだから、フィラという女性を演じたのでしょう?」
「はっきりと言いますね」
ミーリャは女神像の足下にカイを座らせた。その丁寧な手つきから、どれほど彼を大事に思っているのかが分かる。
「あたしは、母の暴走を止めたいんですよ。あの人はアフタルさまを商人に降嫁させ、ティルダード殿下を取り込むことで、このサラーマ王国を手中に収めようとしています」
「わたくしにできることは?」
「母を引きずり下ろしてください」
アフタルは、一瞬の間をおいて頷いた。
ミーリャは顔を隠すように、慌てて背中を向けた。
高慢で、一方的に言いがかりをつけて人を陥れて。でもそれは訳あってのことだと、今なら分かる。
「わたくしのために、ロヴナとの婚約が破棄されるよう動いてくれたのでしょう? フィラ。あなたがロヴナの心を奪い、恋人となって」
もう一つの名前を聞いて、ミーリャはびくっと肩をすくませた。
観念したように瞼を閉じて、空を仰ぐ。
「ミーリャ……と。フィラは偽名ですから。どうして分かったんですか?」
「ロヴナがフィラを追いかけてきた時と、あなたが離宮に来てくれた時が、ほぼ同じでした。それと、精霊たちの力を呪術といいましたね」
「あっ」
ミーリャは声を上げた。
サラーマの人間ならば、精霊の力は加護というはずだ。精霊の力は、護りなのだから。
「あたしの詰めが甘かったってことですね」
「髪の長さも、気付くきっかけでした。夫か父を亡くした女性が断髪するのは、カシアの風習ですから」
そう、だから未亡人であるエラも髪が短い。
「ミーリャ。あなたはエラ伯母さまの娘なのでしょう? 王宮でカシア人が勤めるなど、よほどの伝手がないと無理ですから」
それにカシアの王女であるミーリャに慣れているから、カイはアフタルの身分を知っても驚きもしなかったのだろう。
「あーあ。参っちゃいますね」
ミーリャは大きなため息をついた。
「派手な化粧とか、目をほとんど閉じてることで、かなり顔が変わると思ったんですけど」
「変わってますよ。あなたの化粧法はすごいですね。まるで魔術です」
「お褒め頂き、光栄です」
ミーリャは苦笑した。どこかが痛むような笑顔だった。
「で、あたしをどうなさるんですか? ここでお別れ? それとも拘束しますか?」
ミーリャが好きでもないロヴナを誘惑したのは、アフタルの縁談を壊すためだ。
それはただの善意からではない。
「いいえ、あなたさえよければこのままで。ミーリャ、あなたはわたくしを利用できると踏んだから、フィラという女性を演じたのでしょう?」
「はっきりと言いますね」
ミーリャは女神像の足下にカイを座らせた。その丁寧な手つきから、どれほど彼を大事に思っているのかが分かる。
「あたしは、母の暴走を止めたいんですよ。あの人はアフタルさまを商人に降嫁させ、ティルダード殿下を取り込むことで、このサラーマ王国を手中に収めようとしています」
「わたくしにできることは?」
「母を引きずり下ろしてください」
アフタルは、一瞬の間をおいて頷いた。
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