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六章
8、守護精霊の命令
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「おい、怪我はないか。アフタル」
会いたくて、たまらなかった。
なのに返事ができない。声が出てこない。
「ちょっと、まじで大丈夫かよ。剣を投げた奴を、ぶん殴ってこようか?」
アフタルの両肩を、大きな手が包み込む。ぶんぶんと体を前後に揺すられても、まだ応えることができない。
信じていた、大丈夫だと。生きてることを、疑うこともなかった。
でも、そうしないと。自分の心が折れてしまいそうで。
「ふ……ふっ、うううっ……ううっ」
少し痩せたその人の姿が、滲んでぼやけて、ちゃんと見えなくなる。
ぼろぼろと、アフタルは涙の粒をこぼした。
地面に落ちた涙は、すぐに土に吸い込まれてしまう。
「な、なんで泣いてんだ? おい、ラウル。お前、ちゃんとアフタルを守ってたんだろうな」
「……っ」
ラウルは両手の拳を握りしめ、歯を食いしばっている。けれど、堪えようとしても涙がぽたりと落ちる。
「ちょっと待て。ラウルまで泣く理由が分かんねぇ」
おろおろするシャールーズに、アフタルはしがみついた。
しっかりと抱きしめて、そのたくましい胸に顔を埋める。
離れていた日々は長くはない。なのに、こんなにも懐かしい。
「泣くなってば。ほら、ちゃんと俺はいるだろ?」
「います……けど、いませんでした」
「もう離れねぇからよ」
「そんな約束、あてになりません」
ぐずぐずと泣きながら訴える声。
シャールーズは困ったような表情を浮かべたが、その瞳はとても穏やかで優しかった。
アフタルの背中に回された手が、ためらいがちに動くから。またアフタルは、シャールーズをぎゅっと抱きしめる。
「これからも俺は、自身よりもアフタルの安全を最優先させるぜ?」
「いやです! あなたが一番じゃないと困ります」
「そんな守護精霊がいるかよ」
困った奴だな、と耳元で吐息のように囁かれた。
なぜかその声は甘く、耳がくすぐったい。
「でも、嫌いじゃない。聞き分けのいいアフタルよりも、我儘を言ってくれた方が好きだぜ」
「どうして?」
「他の奴には我儘を言いそうにないからさ。俺は特別ってことだろ。こんな風に抱きついてくるのも、俺だけにだもんな」
「……うっ……ううっ」
込み上げてくる感情が、自分でもわからない。
会えてうれしいのに、恥ずかしくて。アフタルは思わずシャールーズから手を離しそうになった。
「ダメだ。そのまま抱きついとけ」
「め、命令ですか?」
「そうだ。アフタルの最愛の守護精霊さまからの命令だ」
忘れていた。こういう人だった。
恥ずかしさに、かぁぁっと顔が赤くなる。
ラウルは手の甲で涙をぬぐいながら、いつの間にか平静な表情に戻っていた。
「なんだ、ラウル。お前も抱きつきたいんじゃなかったのか?」
「そんなはずは、ありません」
「アフタルの次なら、少しくらい構わねぇぞ。特別に時間を割いてやる」
ラウルは唇を引き結ぶと、シャールーズに背中を向けてしまった。
「あなたのような人でも、死んでしまったかもしれないと思うと、美化してしまう自分が恐ろしいんです」
「へぇ、どんなふうに美化してたんだよ」
「知りません」
シャールーズは笑った後、アフタルとラウルの二人を、とろけるような眼差しで眺めた。
「約束してただろ、アフタル。手当てしてもらうって」
「はい」
アフタルはうなずいた。
「まだ間に合うか?」
「いつでも……いつまでも約束は有効です」
会いたくて、たまらなかった。
なのに返事ができない。声が出てこない。
「ちょっと、まじで大丈夫かよ。剣を投げた奴を、ぶん殴ってこようか?」
アフタルの両肩を、大きな手が包み込む。ぶんぶんと体を前後に揺すられても、まだ応えることができない。
信じていた、大丈夫だと。生きてることを、疑うこともなかった。
でも、そうしないと。自分の心が折れてしまいそうで。
「ふ……ふっ、うううっ……ううっ」
少し痩せたその人の姿が、滲んでぼやけて、ちゃんと見えなくなる。
ぼろぼろと、アフタルは涙の粒をこぼした。
地面に落ちた涙は、すぐに土に吸い込まれてしまう。
「な、なんで泣いてんだ? おい、ラウル。お前、ちゃんとアフタルを守ってたんだろうな」
「……っ」
ラウルは両手の拳を握りしめ、歯を食いしばっている。けれど、堪えようとしても涙がぽたりと落ちる。
「ちょっと待て。ラウルまで泣く理由が分かんねぇ」
おろおろするシャールーズに、アフタルはしがみついた。
しっかりと抱きしめて、そのたくましい胸に顔を埋める。
離れていた日々は長くはない。なのに、こんなにも懐かしい。
「泣くなってば。ほら、ちゃんと俺はいるだろ?」
「います……けど、いませんでした」
「もう離れねぇからよ」
「そんな約束、あてになりません」
ぐずぐずと泣きながら訴える声。
シャールーズは困ったような表情を浮かべたが、その瞳はとても穏やかで優しかった。
アフタルの背中に回された手が、ためらいがちに動くから。またアフタルは、シャールーズをぎゅっと抱きしめる。
「これからも俺は、自身よりもアフタルの安全を最優先させるぜ?」
「いやです! あなたが一番じゃないと困ります」
「そんな守護精霊がいるかよ」
困った奴だな、と耳元で吐息のように囁かれた。
なぜかその声は甘く、耳がくすぐったい。
「でも、嫌いじゃない。聞き分けのいいアフタルよりも、我儘を言ってくれた方が好きだぜ」
「どうして?」
「他の奴には我儘を言いそうにないからさ。俺は特別ってことだろ。こんな風に抱きついてくるのも、俺だけにだもんな」
「……うっ……ううっ」
込み上げてくる感情が、自分でもわからない。
会えてうれしいのに、恥ずかしくて。アフタルは思わずシャールーズから手を離しそうになった。
「ダメだ。そのまま抱きついとけ」
「め、命令ですか?」
「そうだ。アフタルの最愛の守護精霊さまからの命令だ」
忘れていた。こういう人だった。
恥ずかしさに、かぁぁっと顔が赤くなる。
ラウルは手の甲で涙をぬぐいながら、いつの間にか平静な表情に戻っていた。
「なんだ、ラウル。お前も抱きつきたいんじゃなかったのか?」
「そんなはずは、ありません」
「アフタルの次なら、少しくらい構わねぇぞ。特別に時間を割いてやる」
ラウルは唇を引き結ぶと、シャールーズに背中を向けてしまった。
「あなたのような人でも、死んでしまったかもしれないと思うと、美化してしまう自分が恐ろしいんです」
「へぇ、どんなふうに美化してたんだよ」
「知りません」
シャールーズは笑った後、アフタルとラウルの二人を、とろけるような眼差しで眺めた。
「約束してただろ、アフタル。手当てしてもらうって」
「はい」
アフタルはうなずいた。
「まだ間に合うか?」
「いつでも……いつまでも約束は有効です」
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