上 下
65 / 153
五章

15、さよなら、おばさん

しおりを挟む
 商船は隣の島に向かったが、避難民を受け入れる余裕はないと拒否された。

 最後に見たシンハは、不気味な赤さと黒さに包まれていた。
 溶岩流が海まで達し、大量の水蒸気がもうもうと上がっている。
 空は噴煙で暗く、激しい雷が故郷の島を襲っている。

 たった一人で残った天の女主人。
 もうダメだ。我慢なんてできない。

「いやだー! おばさんっ!」
「うわぁぁぁぁん!」

 シャールーズとラウルは慟哭しながら、シンハをいつまでも見つめていた。
 水平線の向こうに故郷が消え、空の噴煙が見えなくなるまで。
 ラウルは泣きじゃくり、息すらもまともにできない状態だった。

(俺はこいつよりも、お兄ちゃんだから。しっかりしないといけないんだ)

 嗚咽するラウルの背中を抱きしめ、頭を撫でてやる。

「泣き虫ラウル。泣き止めよ。俺がずっと一緒にいてやるから」

 シャールーズの言葉に反応して、小さい手がきゅっと服を掴んでくる。
 そして疲れ果てた二人は、人の姿を保てなくなった。

 隣の島が避難民を受け入れずに、また別の島、シンハラに向かったこと。そして同時期、サラーマ王家も、大国カシアの侵略を阻止すべく対応に追われていたこと。
 混乱を極める事態の中、人々は宝石に心を寄せる余裕など失っていた。

 かろうじて貴重な蒼氷のダイヤモンド、鮮やかな青のサファーリン、とりどりの色を含んだ緑のコーネルピンは、王家へと納められたが。
 地味な色合いのシンハライトだけは、キラド家が保管することとなった。

 ◇◇◇

「約束の地で、俺たちの主が待っている……か」

 懐かしく苦しい思いにとらわれていたシャールーズは、腕の中の毛布を眺めた。
 自分の体温が低いせいか、いつまで経っても毛布は温まらない。

「アフタル……」

 その名を呟くだけで、胸の奥が絞られたような心地になる。
 これが好きという気持ちなのだろうか。それとも主を大切に思う感情なのだろうか。
 尋ねたいおばさんは、もういない。

「おばさん。いつか、俺の主を紹介するから。だから……」

 生き延びていてくれ、というのは女神に対して正しいのかどうか、シャールーズには分からなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

婚約者の浮気をゴシップ誌で知った私のその後

桃瀬さら
恋愛
休暇で帰国中のシャーロットは、婚約者の浮気をゴシップ誌で知る。 領地が隣同士、母親同士の仲が良く、同じ年に生まれた子供が男の子と女の子。 偶然が重なり気がついた頃には幼馴染み兼婚約者になっていた。 そんな婚約者は今や貴族社会だけではなく、ゴシップ誌を騒がしたプレイボーイ。 婚約者に婚約破棄を告げ、帰宅するとなぜか上司が家にいた。 上司と共に、違法魔法道具の捜査をする事となったシャーロットは、捜査を通じて上司に惹かれいくが、上司にはある秘密があって…… 婚約破棄したシャーロットが幸せになる物語

完結 嫌われ夫人は愛想を尽かす

音爽(ネソウ)
恋愛
請われての結婚だった、でもそれは上辺だけ。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

処理中です...