64 / 153
五章
14、遥かなるシンハ
しおりを挟む
「俺、待ってる。約束の地で幸せになって、おばさんに会える時を待ってるから」
「ああ、楽しみにしているぞ」
手を振る女主人を目にやきつけて、シャールーズは走った。
つまずき倒れながらも山を駆け降り、港を目指す。
涙で視界が滲んだけれど、決してふり返らなかった。
もし後ろを見たら、また女主人を助けようと戻ってしまうから。
それは彼女の望みではないから。
自分は幸せにならなくちゃいけないんだ。
港に着いたとき、ラウルがシャールーズに飛びついてきた。
大勢の人にもみくちゃにされて、何度も転びながら、まっすぐに向かってきたのだ。
一人で心細かったのだろう。
口を引き結んでいたラウルは、シャールーズにしがみついて、号泣した。
涙と噴煙と、転んだ時に付着した土で、顔がどろどろだ。
「いい子だったな」
「ぼ、ぼく。泣かなかった」
「うん。泣いてなかったな。俺が来たから、泣いちゃったんだろ」
「ずっと我慢してた」
「うん。えらいぞ」
天の女主人も褒めてくれるぞ、と言いそうになって、シャールーズはその言葉を飲みこんだ。
今、彼女の名を出すことはできない。
開いたばかりの傷口が……ラウルと自分の深い傷が、もっと激しく痛むから。
シャールーズは、腕の中のぬくもりをぎゅっと抱きしめた。
島外に避難するために、港には住民が殺到している。皆、疲労の色が濃い。
「キラドって奴はいるか?」
人混みをかき分けながら、シャールーズは商人を捜した。
背中にラウルをおぶって、聞いてまわる。
ようやく見つかった男は、商船にシャールーズとラウルを乗せてくれた。木造の大きな帆船。これまで見たことのある魚を捕る、二人ほどしか乗れない小さな帆掛け舟とは大違いだ。
交易船なのだと、キラドは教えてくれた。
甲板には、着の身着のままで逃げてきた島民が、座りこんでいた。
「避難なさった方を、隣の島まで送ることになったんですよ。この程度の力しか貸すことができんのが、心苦しいのですが」
キラドという商人は、子どもでしかないシャールーズとラウルにも丁寧に接してくれた。
「確かサラーマ王家にお届けするといいんですね。宝石は四種類……いや、三種類だったかな。確認しましょう。あっ」
火山灰のまじった強風に吹かれ、キラドが手にしていた証文が海に落ちた。
海面に浮かんでいた紙は、しだいに水を吸って沈んでいく。
それがラウルと離れるきっかけだった。
証文を失ったことで、シャールーズだけが王家に届けられることがなかった。
「ああ、楽しみにしているぞ」
手を振る女主人を目にやきつけて、シャールーズは走った。
つまずき倒れながらも山を駆け降り、港を目指す。
涙で視界が滲んだけれど、決してふり返らなかった。
もし後ろを見たら、また女主人を助けようと戻ってしまうから。
それは彼女の望みではないから。
自分は幸せにならなくちゃいけないんだ。
港に着いたとき、ラウルがシャールーズに飛びついてきた。
大勢の人にもみくちゃにされて、何度も転びながら、まっすぐに向かってきたのだ。
一人で心細かったのだろう。
口を引き結んでいたラウルは、シャールーズにしがみついて、号泣した。
涙と噴煙と、転んだ時に付着した土で、顔がどろどろだ。
「いい子だったな」
「ぼ、ぼく。泣かなかった」
「うん。泣いてなかったな。俺が来たから、泣いちゃったんだろ」
「ずっと我慢してた」
「うん。えらいぞ」
天の女主人も褒めてくれるぞ、と言いそうになって、シャールーズはその言葉を飲みこんだ。
今、彼女の名を出すことはできない。
開いたばかりの傷口が……ラウルと自分の深い傷が、もっと激しく痛むから。
シャールーズは、腕の中のぬくもりをぎゅっと抱きしめた。
島外に避難するために、港には住民が殺到している。皆、疲労の色が濃い。
「キラドって奴はいるか?」
人混みをかき分けながら、シャールーズは商人を捜した。
背中にラウルをおぶって、聞いてまわる。
ようやく見つかった男は、商船にシャールーズとラウルを乗せてくれた。木造の大きな帆船。これまで見たことのある魚を捕る、二人ほどしか乗れない小さな帆掛け舟とは大違いだ。
交易船なのだと、キラドは教えてくれた。
甲板には、着の身着のままで逃げてきた島民が、座りこんでいた。
「避難なさった方を、隣の島まで送ることになったんですよ。この程度の力しか貸すことができんのが、心苦しいのですが」
キラドという商人は、子どもでしかないシャールーズとラウルにも丁寧に接してくれた。
「確かサラーマ王家にお届けするといいんですね。宝石は四種類……いや、三種類だったかな。確認しましょう。あっ」
火山灰のまじった強風に吹かれ、キラドが手にしていた証文が海に落ちた。
海面に浮かんでいた紙は、しだいに水を吸って沈んでいく。
それがラウルと離れるきっかけだった。
証文を失ったことで、シャールーズだけが王家に届けられることがなかった。
0
お気に入りに追加
488
あなたにおすすめの小説
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
婚約者の浮気をゴシップ誌で知った私のその後
桃瀬さら
恋愛
休暇で帰国中のシャーロットは、婚約者の浮気をゴシップ誌で知る。
領地が隣同士、母親同士の仲が良く、同じ年に生まれた子供が男の子と女の子。
偶然が重なり気がついた頃には幼馴染み兼婚約者になっていた。
そんな婚約者は今や貴族社会だけではなく、ゴシップ誌を騒がしたプレイボーイ。
婚約者に婚約破棄を告げ、帰宅するとなぜか上司が家にいた。
上司と共に、違法魔法道具の捜査をする事となったシャーロットは、捜査を通じて上司に惹かれいくが、上司にはある秘密があって……
婚約破棄したシャーロットが幸せになる物語
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる