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五章

6、俺でも泣くのか

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「眠っていろ」
「いや、平気だから」
「眠れ」

 シャールーズは、カイに力任せに横たえられた。
 なんだ、これ。怪我のせいで力が入らないからか? それともこいつが怪力なのか?
 あまりにも簡単にあしらわれて、シャールーズは唇を引き結んだ。


「ん? お前さ、三王国って聞いたときにまずカシアを先に口にしたよな」
「カシア、ここだ」
「なんてこった」

 シャールーズは横になったまま頭を抱えた。
 溺れて助けられたついでに国境を越えちまったのか。

 そういえばカイの言葉は、サラーマ語ではあるが片言だ。

「カシアの辺境、あー、防衛拠点? オスティア」
「なるほど国境の湖だからな。けどよ、防衛拠点にしちゃ、えらく静かじゃねぇか?」

 兵士が常駐しているならば、もっと話し声や生活音などが聞こえてくるものだ。
 だが、木々の葉擦れの音や鳥のさえずり、波音くらいしか音がない。
 人の気配を感じないのだ。

「オスティアの兵、連れ去られた」
「どこに? あんたみたいな屈強な奴らなら、対抗出来るだろ」
「……女神のめい、逆らえない」

 カシアは確か神を信じない国じゃなかったか?
 考え込むシャールーズの顔を、カイが覗きこんできた。
 瞬きもせずにじっと見つめられるから、穴が開きそうだ。

 ぺらぺらとカイが何かをまくし立てる。きっとカシア語なのだろう。とても流暢に話す。だが、さっぱり聞き取れない。

 今まであまりにも自然で疑問にも思わなかったが。故郷の島で使用していた言語は、サラーマ語だ。
 
(古くからシンハとサラーマは交易が盛んだったからか? それにしても、相当離れてるよな)

 謎だ。アフタルなら明確な答えをくれるかもしれないが。

(あいつも謎だよな。か弱くて儚く見えるのに、いざとなれば頼もしいっつうか、強いからな)

 双子神ディオスクリの片割れを、アフタルは持っていてくれるだろうか。双子は、呼び合ってくれるだろうか。
 自分が無事であることだけでも、彼女に伝えたいのに。
 どうすればいいのか、分からない。

 その時、太くて無骨な指がシャールーズの眉間を押した。

「また、泣きだしそうだ」
「は? 俺が?」
「寝ている時、お前、泣いていた」
「……マジかよ」

 涙を流したのなんか、何年ぶりだよ。
 ああ、九十八年だったっけか。そりゃあ、久しぶりだ。
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