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四章

10、大事なお姉さま

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「ミトラ姉さま?」
「アフタル。あんたは、あたしにとってもヤフダ姉さまにとっても大事な妹よ」
「そうですね。私たちはできることならば、ずっと黙っていたかったわ」

 柔らかに目を細めるヤフダも、まるで泣くのをこらえているようだった。
 二人の姉の向こう、目に染みるような空の青さが広がっていた。

「騙していたと、裏切っていたのかと罵られるのが怖かったの。あたしともあろう者が、馬鹿ね。なんて臆病なの」

 ミトラが、赤い髪をかきあげた。その瞳は揺らいでいる。
 そんな次女をかばうかのように、ヤフダが前に進み出る。
 両手でスカートをつまみ、膝を曲げ、頭を深々と下げる。

 なぜ、正妃の娘であるヤフダが、アフタルにそんな敬意を払うのか。
 察しはついても、それを認めるのが怖かった。

 思わず後ずさろうとするアフタルの肩を支えたのは、シャールーズだった。

「ちゃんと受け入れろ」

 左手に二本の王の剣を、右手でアフタルの肩を抱くシャールーズには、堂々とした風格が備わって見えた、

「私はサファーリンの宝石精霊。仕える主は、正妃パルトさまです」
「あたしは、コーネルピンの精。仕えてた主は妃タフミネフ」

 しとやかに頭を下げるヤフダと、腰に手を当て、顎を上げるミトラ。

「正妃さまと、わたくしのお母さまの守護精霊なのですか? お姉さま方が?」

 問いかけるけれど、アフタルはすでに納得していた。
 これまで疑問に思っていたことが、繋がったからだ。

 同じ両親から生まれたにしては、ヤフダとミトラ、ティルダードは髪の色が全く違うことも。
 第一王女と第二王女に政略結婚の話が持ち上がらないことも。

 女官長のゾヤが、アフタルのことを「姫さま」と呼ぶのに、二人のことはそう呼ばないことも。
 エラ伯母さまが、姉たちを信頼していないことも。食事を一緒にとらないことも。

「正妃パルトさまは、長らくお子さまを授かりませんでした。先に生まれたのはタフミネフさまの娘であるアフタル。あなたです」

「タフミネフもパルトも、側室の娘であるあなたが第一王女であることを案じたのよ。利用されるかもしれない、害されるかもしれないってね。だから二人の守護精霊であるあたし達に命じたの。アフタルを守れって」

 ――アフタルを守れ。

 主である自分たちよりも、娘のことを。しかも正妃にとっては、側室の娘でしかないアフタルのことを。
 胸がしめつけられて、息苦しくなる。
 母の思い出は少ない。正妃と関わることも多くはない。

(なのに、わたくしはこんなにも大事にしてもらっていたのですね)

 宝石精霊と主の絆は強く深い。
 自分は、シャールーズを誰かを守るために差し出せるだろうか。

「まぁ、シャールーズが長らく行方不明になってなきゃ、こんな面倒くさいことなかったんだろうけどね」

 ミトラは、肩をすくめた。

「ようやく正妃さまがティルダードを授かり、私たち二人は王子と王女の守護を兼ねていたのです。まぁ、エラ伯母さまにしてみれば、わたし達の存在は疎ましい以外の何物でもないでしょう」
「ねぇ、アフタル」

 ミトラが、遠慮がちに声をかけてきた。その声は、微かではあるけれど震えている。

「あたしは主であるタフミネフを失って、途方に暮れていたの。でもね、あんたがいてくれたから生き続けることができた。タフミネフの命令はあたしを縛ったけど、あたしを幸せにもしてくれたのよ」

「お姉さま」

 アフタルは駆けだした。
 ミトラの胸に飛び込むと、金髪と燃えるような赤い髪が踊るようになびいた。

 アフタルの背中に触れようとしたミトラの手が、ためらうように離れる。

「ぎゅっとしてください。お姉さま」
「アフタル」
「遠慮がちなミトラ姉さまなんて、らしくないです」

 それまで硬かったミトラの表情が、ふっと緩む。

「大好きよ、あたしのアフタル。タフミネフの思い出を共有できる、たった一人の子」

 血のつながりとか、関係ない。
 何よりも深い思いがあるから。
 サラーマの王家は、宝石精霊の深い愛情に守られているのだ。

 アフタルは、ミトラにしっかりと抱きついた。ミトラの力強い腕を感じながら。
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