上 下
38 / 153
三章

12、からかうなんて

しおりを挟む
 アフタルは素直にグラスの縁に口をつけた。

 ひんやりとした、ガラスの感触。甘酸っぱいレモンジュースが、流れ込んでくる。
 こくり、とアフタルは一口飲んだ。
 ワインでなくて良かった。こんな状況で酔ってしまったら……大変だ。

「なーんてな」

 アフタルがジュースを飲むのを確認して、シャールーズが悪戯っぽく片目を閉じた。

「あんまり簡単に信じるなよな。冗談だぜ」
「え?」
「素直すぎるから、からかいたくなるだろ。いくら忠誠を誓おうが、侍女はこんなことしねぇだろ。ま、俺は王宮のこととか詳しくねぇから、知らねぇけど」

 今度は盛大にむせた。そして咳きこんだ。
 椅子に座っていられなくなり、そのまま床にへたり込んでしまう。
 
(信じられない!)

「おいおい、大丈夫かよ」

 シャールーズがアフタルの側にしゃがみ込んで、顔を覗きこんでくる。

 だから、見ないでくださいと言いたいのに。口から出てくるのは言葉ではなく、ごほごほという咳ばかり。
 背中をさすられても、アフタルはしゃべることもできない。


「……ばっ、馬鹿っ」
「お、よかったな。ようやくしゃべれるようになって」
「嫌いですから!」
「それは困るなぁ。俺がアフタルのことが好きだからさ」
「うっ」
「アフタルは本気で俺のこと、嫌いじゃないだろ? 好きって言ってたもんな」
「……うぅ」

 冷静にならなくては、平静でなくてはと思うのに。自分の心なのに思うままにならないなんて。

「ほら、まだ食事は終わってないぜ」

 ひょいとアフタルを抱えて、シャールーズは立ち上がった。
 無精ひげは相変わらずだし、髪もぼさぼさだし。意地悪もされるのに。

「……なんで、こんな人を好きになっちゃったの?」
「光栄だな。嫌いになりたくても、なれねぇってことだからな」

 シャールーズの嬉しそうな笑い顔を見て、自分まで幸せを感じるなんて。
 おかしい。おかしすぎる。
 彼に出会うまでの冷静な自分は、どこにいってしまったのだろう。

「食事をしますから、椅子に降ろしてください」
「んー。もうちょとくらい、いいだろ?」
「そういうところが嫌なんです!」
「そうやって顔を赤くするところが、可愛いな」

 もう、いや。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

婚約者の断罪

玉響
恋愛
ミリアリア・ビバーナム伯爵令嬢には、最愛の人がいる。婚約者である、バイロン・ゼフィランサス侯爵令息だ。 見目麗しく、令嬢たちからの人気も高いバイロンはとても優しく、ミリアリアは幸せな日々を送っていた。 しかし、バイロンが別の令嬢と密会しているとの噂を耳にする。 親友のセシリア・モナルダ伯爵夫人に相談すると、気の強いセシリアは浮気現場を抑えて、懲らしめようと画策を始めるが………。

完結 嫌われ夫人は愛想を尽かす

音爽(ネソウ)
恋愛
請われての結婚だった、でもそれは上辺だけ。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

処理中です...