上 下
11 / 153
一章

11、俺の主

しおりを挟む
 シャールーズは立ち上がり、両腕を広げた。
 同時に、ピシリと空間に硬質なものが走った。
 二人の周りを、目には見えぬ硬いものが取り巻いている。
 豹が近づこうとするが、ある一定の距離からは進めないようだ。

「契約は大事だからよ。邪魔されたくねぇんだよな」
「違う次元や世界に引き込まれたのですか?」
「安心しな。ここは俺の石の中さ」
「石……」
「シンハライト。嬢ちゃん、俺の石を綺麗だと言ってくれただろ」

 シャールーズはアフタルの顎に手をかけた。
 間近に見える瞳の色。褐色と金が混じった落ち着いた美しさは、ロヴナに投げつけられた宝石と同じ色をしていた。

「あなたは宝石の……シンハライトの精なのですか?」
「そうさ。そしてこれからは、嬢ちゃんのしもべだ。俺は、他の何よりも嬢ちゃんを優先させる。自分の命よりもな。そして嬢ちゃんの身も心も生涯も、すべて俺のものだ」

 それでも契約を結ぶか? とシャールーズは確認してきた。

「はい」

 断言すると、シャールーズはにやりと笑った。

「いいねぇ、俺の主にふさわしい。そういう儚さの奥にある、芯の強さ。好きだぜ」

 シャールーズは立ち上がると、アフタルの顎に手を添えた。
 見上げるほどに高い身の丈。褐色に金が混じったその瞳を、アフタルは知っている。

「俺と行くよな」

 アフタルがうなずくと、シャールーズは彼女を拘束する縄を解いてくれた。
 後ろ手に縛られていたせいで、手首には縄の痕が残ってしまっている。

「痛かったな」

 いたわる言葉に、また涙が出てきた。
 今日はおかしすぎる。こんな最低な日はないし、ここまで涙が止まらない日もなかった。

「……契約します。これから、わたくしと共にいてくださいますか?」
「もちろんだ」

 午後の光に照らされ、閉ざされた宝石の中の空間は、淡い琥珀色の光の筋が幾本も交差している。
 シャールーズはアフタルの前にひざまずいた。

「天の女主人より命を授かりし、我が名はシャールーズ。光満ちるアフタル・サラーマの影として、我が石が砕け、光が失せるその日まで、常に己より彼女の益を優先することを、天の女主人に誓う」

 凛とした声が響く。
 聞いているだけで、心が酔いそうだ。

 シャールーズは自分の親指を噛んだ。指先に滲む血。立ち上がると、その血をアフタルの額と左右の頬、そして唇に塗りつける。
 精霊の血だ。

 猛禽を思わせる鋭い目つきで、アフタルを見据えてくる。
 次の瞬間、シャールーズはアフタルとくちづけを交わした。
 唇に塗られた血が滲み、口の中に入ってくる。

 人の血のように鉄の味はしない。宝石を口に含んだことも、舐めたこともないけれど。味がするというよりも、ひんやりとした感触だ。

「……んっ」

 息ができない程に、くちづけは長く深い。
 アフタルは思わず、シャールーズの背にしがみついた。

「俺の主。もう誰にも渡さねぇ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

待ち遠しかった卒業パーティー

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢アンネットは、暴力を振るう父、母亡き後に父の後妻になった継母からの虐め、嘘をついてアンネットの婚約者である第四王子シューベルを誘惑した異母姉を卒業パーティーを利用して断罪する予定だった。 しかし、その前にアンネットはシューベルから婚約破棄を言い渡された。 それによってシューベルも一緒にパーティーで断罪されるというお話です。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

濡れ衣を着せられて後宮の端に追いやられた底辺姫。異能も容姿も気味悪がられてますが、これ巫女の証なんです

ととせ
恋愛
辺境に住む小貴族の娘、雪鈴(しゅえりん)は、白髪に紅の瞳であることから家族からも忌み嫌われていた。 しかしその容姿は宝玉の神の巫女である証だった。 不遇な扱いを受けていた雪鈴だが、突如皇帝の後宮へと送られることになる。 新しい場所で静かに暮らそうとしていた雪鈴だが、親切心で告げた一言が正妃候補である美麗(めいりー)の怒りを買い、後宮の隅へと追いやられてしまう。 そんな雪鈴の元に、「藍(らん)」と名乗る不思議な美女が現れて……。 なんちゃって中華風の後宮物語です。 気楽に読んでください。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

処理中です...