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五章
12、片づけ
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颱風の後は、庭に葉っぱや枝が散乱しとう。
ぼくと欧之丞は、朝ごはんを食べてから、掃除を手伝った。父さんは組の人らと一緒に、瓦がずれてへんか梯子にのぼって屋根を確認しとう。
「ほら、こたにい。こんな大きいのがおちてる」
欧之丞が、折れた枝を地面から持ちあげた。ぼくの腕くらいの太さがあって、緑の葉がいっぱいついとう。
どうやら柿の枝みたいで、緑色の小さな実がこぼれ落ちた。
「こんなのが折れるほど、風が強かったんやな」
ぼくは、おおきい紙袋に葉っぱを詰めていった。欧之丞と一緒に、袋を家の外に出すんや。そうしたら組の人が、塵芥箱っていうゴミ捨て場まで運んでくれる。
葉っぱはどれも濡れてて、手に張りついてくる。
「うわー、取れへん。きもちわるっ」
「大変だなぁ」
「欧之丞。見とらんと、葉っぱ取って」
「えーっ、やだ」
「さっき、枝を拾てたやん」
「こたにいは、しょうがないなぁ」と渋りながらも、欧之丞はぼくの腕にくっついた柿の葉を取ってくれる。もっとも、爪でつまむような格好やけど。
「坊ちゃんらには、ゴミの袋は重いでしょ。無理せんでもええですよ」
普段から、ぼくらの世話をしてくれる波多野が声をかけてくれるけど。欧之丞が「だいじょうぶ」と力強く返事をした。
昨日の晩、眠ったまま窓から吹きこむ雨に濡れたぼくを助けてから(自分では何も覚えてへんけど)欧之丞は、以前にもましてしっかりした気がする。
「あかん。このままやったら、欧之丞に追い抜かれてしまう」
「なにが追い抜かれてしまうんだ?」
「そら、背の高さとか、力の強さとか……」
そう言いかけた時、真正面から欧之丞にじーっと顔を覗きこまれとった。
「うっわ」
思わず情けない声が出てしもた。
欧之丞の黒い瞳に、びっくりした顔のぼくが映ってる。
「もしかして俺のほうが、こたにいよりも背がたかくなって、つよくなるのか?」
欧之丞は、明らかにわくわくとした表情を浮かべた。目まで輝いてるやんか。
「ならへんって。ほら、ぼくの方が背ぇ高いやろ」
「せのびしたら、おんなじくらいだ」
急に背伸びをしたせいか、欧之丞の右足から草履が脱げてしもた。颱風のあとで、まだ庭はしっとりと湿っとう。そのまま足をついたら濡れてしまうから、欧之丞は片足で立ったままや。
「……どうしよう。動けない」
「けんけんして、草履のとこまで行ったらええやん」
「できない」
「なんで? 簡単やん」
ぼくの言葉に、欧之丞はきゅっと唇を引き結ぶ。
「だって、できないんだもん」
よっぽど足袋を汚すんがいやなんやろ。ほんまにもー、けっぺきってヤツやな。
ぼくもけっぺきやって、父さんに言われることがあるから。なんとなく分かる。
「ほら、おんぶしたるから」
ぼくは地面にしゃがみこんだ。欧之丞は目に涙まで浮かべとった。
そないにけっぺきやったら、生きにくいやろに。
軽口を叩こうとしたぼくは、ハッとした。
せや、欧之丞とぼくでは育ってきた環境が違う。父さんや母さんは、ぼくが何をしてもあんまり怒らへんし。(もちろん、ぼくがええ子やから怒られる理由がないのんもあるんやけど)
でも、欧之丞の親は怒ってばっかりやった。
足袋や着物を汚したりしたら、叩かれたりしたんやろな。
「べつに……母親が洗濯してたわけでもないやろにな。お手伝いさんに全部やらせとったやろに」
思わず言葉がこぼれてしもた。
ぼくは慌てて欧之丞の顔を見た。もしかして当時のことを思いだして、もっと涙を溢れさせてるんやないやろか。それとも、すとんと表情が抜けてしもてるんやないやろか。
けど、どれも違た。
「うわっ」
しゃがんだまま、ぼくは前につんのめった。湿った土のにおいが近くなる。
欧之丞が、ぼくの背中にのしかかってきてたんや。間近で見る顔は、笑っていた。
「やったー、こたにいのおんぶだ」
無理をしてる声やない。軽やかで、まるで花が一斉にぱあって開いたような明るさがあった。
ぼくは、ほっとした。
「俺な、庭を一周したいんだ」
「えー、あかんて。重いもん」
「こたにいの方が、背が高いから平気だって」
両肩にまわされた欧之丞の腕から、ぬくもりが伝わってくる。欧之丞は、ぼくよりも体温がちょっと高い気がする。
「しゃあないな。でもな、みんなが掃除してんねんから、ぼくらだけ遊ぶわけにもいかへんねんで。ちょっとだけ遠回りして、草履のとこまで行ったるわ」
よいしょっと立ちあがると、欧之丞の体重がぼくの体に伝わってくる。見た目は細いねんけど、やっぱりそないに身長が変わらへんから、ちょっと重い。
まぁ、口が裂けても言わへんけど。
けど、欧之丞にはずっと笑顔でいてほしい。
しょーもないことで笑ったり、可愛らしいわがままを言うてほしい。
この願いは、きっとぼくの心の中でひっそりと生き続けていくんやろ。ぼくらが大きなっても、ずっと。
これも、たぶん口にはせぇへん。
ぼくと欧之丞は、朝ごはんを食べてから、掃除を手伝った。父さんは組の人らと一緒に、瓦がずれてへんか梯子にのぼって屋根を確認しとう。
「ほら、こたにい。こんな大きいのがおちてる」
欧之丞が、折れた枝を地面から持ちあげた。ぼくの腕くらいの太さがあって、緑の葉がいっぱいついとう。
どうやら柿の枝みたいで、緑色の小さな実がこぼれ落ちた。
「こんなのが折れるほど、風が強かったんやな」
ぼくは、おおきい紙袋に葉っぱを詰めていった。欧之丞と一緒に、袋を家の外に出すんや。そうしたら組の人が、塵芥箱っていうゴミ捨て場まで運んでくれる。
葉っぱはどれも濡れてて、手に張りついてくる。
「うわー、取れへん。きもちわるっ」
「大変だなぁ」
「欧之丞。見とらんと、葉っぱ取って」
「えーっ、やだ」
「さっき、枝を拾てたやん」
「こたにいは、しょうがないなぁ」と渋りながらも、欧之丞はぼくの腕にくっついた柿の葉を取ってくれる。もっとも、爪でつまむような格好やけど。
「坊ちゃんらには、ゴミの袋は重いでしょ。無理せんでもええですよ」
普段から、ぼくらの世話をしてくれる波多野が声をかけてくれるけど。欧之丞が「だいじょうぶ」と力強く返事をした。
昨日の晩、眠ったまま窓から吹きこむ雨に濡れたぼくを助けてから(自分では何も覚えてへんけど)欧之丞は、以前にもましてしっかりした気がする。
「あかん。このままやったら、欧之丞に追い抜かれてしまう」
「なにが追い抜かれてしまうんだ?」
「そら、背の高さとか、力の強さとか……」
そう言いかけた時、真正面から欧之丞にじーっと顔を覗きこまれとった。
「うっわ」
思わず情けない声が出てしもた。
欧之丞の黒い瞳に、びっくりした顔のぼくが映ってる。
「もしかして俺のほうが、こたにいよりも背がたかくなって、つよくなるのか?」
欧之丞は、明らかにわくわくとした表情を浮かべた。目まで輝いてるやんか。
「ならへんって。ほら、ぼくの方が背ぇ高いやろ」
「せのびしたら、おんなじくらいだ」
急に背伸びをしたせいか、欧之丞の右足から草履が脱げてしもた。颱風のあとで、まだ庭はしっとりと湿っとう。そのまま足をついたら濡れてしまうから、欧之丞は片足で立ったままや。
「……どうしよう。動けない」
「けんけんして、草履のとこまで行ったらええやん」
「できない」
「なんで? 簡単やん」
ぼくの言葉に、欧之丞はきゅっと唇を引き結ぶ。
「だって、できないんだもん」
よっぽど足袋を汚すんがいやなんやろ。ほんまにもー、けっぺきってヤツやな。
ぼくもけっぺきやって、父さんに言われることがあるから。なんとなく分かる。
「ほら、おんぶしたるから」
ぼくは地面にしゃがみこんだ。欧之丞は目に涙まで浮かべとった。
そないにけっぺきやったら、生きにくいやろに。
軽口を叩こうとしたぼくは、ハッとした。
せや、欧之丞とぼくでは育ってきた環境が違う。父さんや母さんは、ぼくが何をしてもあんまり怒らへんし。(もちろん、ぼくがええ子やから怒られる理由がないのんもあるんやけど)
でも、欧之丞の親は怒ってばっかりやった。
足袋や着物を汚したりしたら、叩かれたりしたんやろな。
「べつに……母親が洗濯してたわけでもないやろにな。お手伝いさんに全部やらせとったやろに」
思わず言葉がこぼれてしもた。
ぼくは慌てて欧之丞の顔を見た。もしかして当時のことを思いだして、もっと涙を溢れさせてるんやないやろか。それとも、すとんと表情が抜けてしもてるんやないやろか。
けど、どれも違た。
「うわっ」
しゃがんだまま、ぼくは前につんのめった。湿った土のにおいが近くなる。
欧之丞が、ぼくの背中にのしかかってきてたんや。間近で見る顔は、笑っていた。
「やったー、こたにいのおんぶだ」
無理をしてる声やない。軽やかで、まるで花が一斉にぱあって開いたような明るさがあった。
ぼくは、ほっとした。
「俺な、庭を一周したいんだ」
「えー、あかんて。重いもん」
「こたにいの方が、背が高いから平気だって」
両肩にまわされた欧之丞の腕から、ぬくもりが伝わってくる。欧之丞は、ぼくよりも体温がちょっと高い気がする。
「しゃあないな。でもな、みんなが掃除してんねんから、ぼくらだけ遊ぶわけにもいかへんねんで。ちょっとだけ遠回りして、草履のとこまで行ったるわ」
よいしょっと立ちあがると、欧之丞の体重がぼくの体に伝わってくる。見た目は細いねんけど、やっぱりそないに身長が変わらへんから、ちょっと重い。
まぁ、口が裂けても言わへんけど。
けど、欧之丞にはずっと笑顔でいてほしい。
しょーもないことで笑ったり、可愛らしいわがままを言うてほしい。
この願いは、きっとぼくの心の中でひっそりと生き続けていくんやろ。ぼくらが大きなっても、ずっと。
これも、たぶん口にはせぇへん。
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