102 / 103
五章
11、朝ごはん
しおりを挟む
朝ごはんは、干したカレイを焼いたのんに、しらすとワカメの酢の物、茄子のお漬物、お味噌汁はなめことお麩、それからご飯やった。
「こたにい、お味噌汁あげる」
大きな座卓のとなりに座ってる欧之丞が、ぼくに黒塗りのお椀を差しだしてくる。
ほわっとお味噌とお出汁の香りの湯気が立つ。
「あかんで、欧之丞。ちゃんと自分で食べな、大きなられへんで」
「がんばって食べてみてくださいね」
向かいに座る父さんと母さんに言われて、欧之丞は「うー」と唸っている。
台所で手伝いをしてたんか、母さんは着物の上からレースの飾りのついた割烹着をはおってる。
まだ夏の名残があるから、座布団は藺草で編んであるのを使ってる。
「このきのこ、ぬるぬるしてるんだもん」
「そうね。わたしもなめこは苦手ですから、わかります。でも、お味噌汁は体にいいですから。ね?」
にっこりと母さんが微笑むと、欧之丞はこくりとうなずいた。
「琥太郎さんも、ね」
うっ。ばれた。
実はぼくもなめこは苦手やねん。納豆とか山芋とか、めかぶとかも。体にええって言われても、ねばーってしてるんやもん。
「俺、がんばる」
母さんに対して、いい子でいたい欧之丞は、ぎゅっと目を閉じてお味噌汁を一気飲みした。
「飲んだぞ!」
空になったお椀を母さんに見せてるもんやから、ぼくも急いでお味噌汁を飲んだ。
「ぼくも飲んだ」
「ふたりともえらいけど。何も速さを競わんでもええと思うけどな」
青に近い紫がきれいな、茄子のお漬物に箸を伸ばしながら、父さんが呆れた声で言った。
カレイの干物はおいしいけど。骨が多くて食べにくい。
でも、母さんがお箸の使い方を教えてくれるから、柔らかくてうすい身もぼろぼろにならんで済んだ。
お醤油をかけんでも、塩味がじんわりときいてて。しかも一夜干しゆうて、水分がほどよく抜けてるから、おいしさが詰まってる。
一尾だけやのうて、何尾でも食べられそうや。
なんでも海辺で干してあるのんを、魚屋さんが仕入れてくるらしい。
ぼくは見たことないねんけど、まるで洗濯物を干すように、カレイがずらーっと浜沿いの道に吊るしてあるねんて。
カレイのカーテンか暖簾やな。ちょっとめくってみたいな。
「おいしいな、こたにい」
「ほんまやな」
欧之丞は酢の物も好きみたいで、すぐに小鉢が空になった。
ごちそうさまをしようと手を合わせた時。母さんが座卓の下に置いてたお盆を持ちあげた。
「瓜を剥いたんですよ。食後にどうかしらと思って」
ぼくらの前に、うすみどりのまくわ瓜が入ったお皿が置かれた。
「あっさりしているから、食べやすいと思いますよ。欧之丞さんは、甘さを控えめにしましょうね」
柔らかな声で話しながら、母さんが欧之丞のぶんの瓜にレモンを絞る。
爽やかなレモンの香りが立つ。
ぼくは甘いの好きやけど。欧之丞は甘いのが苦手やから、母さんが工夫したみたいや。
「このまくわ瓜、絲さんが剥いたんか?」
「そうですよ」
父さんに問われて、母さんは胸を張った。包丁使うん、得意やないもんな。
「瓜は大名に剥かせろっていうから、ちょうどええよな」
黒文字の楊枝で瓜をさして、父さんが口に運ぶ。しゃくしゃくとした音が聞こえた。
「まぁ、失礼ね。蒼一郎さん」
母さんは頬を膨らませた。
「どういう意味なん?」
「瓜はな、皮に近い部分は硬くて味もうすいから、美味しないねん。せやから、けちけちせんと分厚く皮を剥いてしまう大名とかのほうが、瓜はおいしいって話やな」
「大名っていわれても、母さんうれしそうやないで」
ぼくが問いかけると、父さんは難しそうな顔をした。
「せやな。俺はちょっと意地悪を言うてしもたな。絲さんが割烹着を着てるんが、つい可愛くてな」
「あー、意地悪を言ったらいけないんだぞ」
レモンのかかったすっぱい瓜を食べながら、欧之丞が父さんに注意する。父さんは「ほんまやなぁ。あかんよな」と、怒られてるのに楽しそうや。
ぼくもなぁ、顔は母さんに似てるってよう言われるけど。人をからかってしまうんは、父さんに似てしもたんかもしれへん。
気ぃつけよ。
けど、たしかに母さんが剥いた瓜は、他の人が剥いたのとちごて、皮に近い部分の筋がほとんどないし、おいしかった。
「こたにい、お味噌汁あげる」
大きな座卓のとなりに座ってる欧之丞が、ぼくに黒塗りのお椀を差しだしてくる。
ほわっとお味噌とお出汁の香りの湯気が立つ。
「あかんで、欧之丞。ちゃんと自分で食べな、大きなられへんで」
「がんばって食べてみてくださいね」
向かいに座る父さんと母さんに言われて、欧之丞は「うー」と唸っている。
台所で手伝いをしてたんか、母さんは着物の上からレースの飾りのついた割烹着をはおってる。
まだ夏の名残があるから、座布団は藺草で編んであるのを使ってる。
「このきのこ、ぬるぬるしてるんだもん」
「そうね。わたしもなめこは苦手ですから、わかります。でも、お味噌汁は体にいいですから。ね?」
にっこりと母さんが微笑むと、欧之丞はこくりとうなずいた。
「琥太郎さんも、ね」
うっ。ばれた。
実はぼくもなめこは苦手やねん。納豆とか山芋とか、めかぶとかも。体にええって言われても、ねばーってしてるんやもん。
「俺、がんばる」
母さんに対して、いい子でいたい欧之丞は、ぎゅっと目を閉じてお味噌汁を一気飲みした。
「飲んだぞ!」
空になったお椀を母さんに見せてるもんやから、ぼくも急いでお味噌汁を飲んだ。
「ぼくも飲んだ」
「ふたりともえらいけど。何も速さを競わんでもええと思うけどな」
青に近い紫がきれいな、茄子のお漬物に箸を伸ばしながら、父さんが呆れた声で言った。
カレイの干物はおいしいけど。骨が多くて食べにくい。
でも、母さんがお箸の使い方を教えてくれるから、柔らかくてうすい身もぼろぼろにならんで済んだ。
お醤油をかけんでも、塩味がじんわりときいてて。しかも一夜干しゆうて、水分がほどよく抜けてるから、おいしさが詰まってる。
一尾だけやのうて、何尾でも食べられそうや。
なんでも海辺で干してあるのんを、魚屋さんが仕入れてくるらしい。
ぼくは見たことないねんけど、まるで洗濯物を干すように、カレイがずらーっと浜沿いの道に吊るしてあるねんて。
カレイのカーテンか暖簾やな。ちょっとめくってみたいな。
「おいしいな、こたにい」
「ほんまやな」
欧之丞は酢の物も好きみたいで、すぐに小鉢が空になった。
ごちそうさまをしようと手を合わせた時。母さんが座卓の下に置いてたお盆を持ちあげた。
「瓜を剥いたんですよ。食後にどうかしらと思って」
ぼくらの前に、うすみどりのまくわ瓜が入ったお皿が置かれた。
「あっさりしているから、食べやすいと思いますよ。欧之丞さんは、甘さを控えめにしましょうね」
柔らかな声で話しながら、母さんが欧之丞のぶんの瓜にレモンを絞る。
爽やかなレモンの香りが立つ。
ぼくは甘いの好きやけど。欧之丞は甘いのが苦手やから、母さんが工夫したみたいや。
「このまくわ瓜、絲さんが剥いたんか?」
「そうですよ」
父さんに問われて、母さんは胸を張った。包丁使うん、得意やないもんな。
「瓜は大名に剥かせろっていうから、ちょうどええよな」
黒文字の楊枝で瓜をさして、父さんが口に運ぶ。しゃくしゃくとした音が聞こえた。
「まぁ、失礼ね。蒼一郎さん」
母さんは頬を膨らませた。
「どういう意味なん?」
「瓜はな、皮に近い部分は硬くて味もうすいから、美味しないねん。せやから、けちけちせんと分厚く皮を剥いてしまう大名とかのほうが、瓜はおいしいって話やな」
「大名っていわれても、母さんうれしそうやないで」
ぼくが問いかけると、父さんは難しそうな顔をした。
「せやな。俺はちょっと意地悪を言うてしもたな。絲さんが割烹着を着てるんが、つい可愛くてな」
「あー、意地悪を言ったらいけないんだぞ」
レモンのかかったすっぱい瓜を食べながら、欧之丞が父さんに注意する。父さんは「ほんまやなぁ。あかんよな」と、怒られてるのに楽しそうや。
ぼくもなぁ、顔は母さんに似てるってよう言われるけど。人をからかってしまうんは、父さんに似てしもたんかもしれへん。
気ぃつけよ。
けど、たしかに母さんが剥いた瓜は、他の人が剥いたのとちごて、皮に近い部分の筋がほとんどないし、おいしかった。
0
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
Promise Ring
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。
下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。
若くして独立し、業績も上々。
しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。
なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる