上 下
101 / 103
五章

10、颱風一過

しおりを挟む
 目が覚めたとき、ぼくと欧之丞は自分らの部屋で寝とった。
 ぱちっと目が開いたのは、障子から射しこむ光があまりにもまぶしかったからや。

「おかしいなぁ。父さんの書斎におったはずやねんけど」

 となりの布団で寝てる欧之丞を起こさんように、そーっと起きあがって障子を開ける。

 青が飛びこんできた。それもとびっきりの澄んだ青や。
 まるで洗いあげたみたいに空はぴかぴかで。庭には葉っぱがぎょうさん落ちとうけど。枝についてる葉は、緑に光沢がある。
 見慣れたはずの景色がきれすぎて、うまい言葉が出てこぉへん。

「おう、起きたか。琥太郎」

 廊下側の襖を開けて、父さんが部屋に入ってきた。もう寝間着から和服に着替えてる。

「えらい大冒険やったな」

 なんのことやろ? 首をかしげてると「きれいに星が見えたか?」と父さんに問いかけられて思いだした。
 せや、満天の星を見たんや。

「すごかったんやで。なんかな、星がありすぎて雲みたいに見えてん。でもな、目ぇこらしたら、星ってわかってん」
「そうかそうか。廊下や書斎は暗かったやろ。泣いたんちゃうか?」
「泣いてへん」

 ぼくは声を大きくした。ほんまは怖かったけど。お兄ちゃんなんやから、泣いたりせぇへん。

 なんでか父さんが、にっこりとわろてる。
 大きい手がぼくの頭をなでる。髪がくしゃくしゃになるのに、父さんは手を止めへん。

「うーん」と声を上げて、欧之丞が目を覚ました。となりのぼくの布団が空なんを確認して、がばっと上体を起こす。

「こたにい。だいじょうぶだからな! 俺がいるからな!」

 欧之丞は叫んだ。夢でも見て、寝ぼけてんのかな。
 首をかしげてると、欧之丞がぼくに突撃してきた。まさにぶつかる、という感じで抱きしめられる。

「な、なんやねん。苦しいやんか」
「もう泣かなくてもいいからな」
「泣いてへんって」

 ぼくが言うても、欧之丞は腕の力をゆるめへん。っていうかジブン、目に涙を浮かべてへんか?

「ゆうべ、欧之丞とふたりで、俺の書斎で颱風の目を見とったんやろ」

 なんで知ってんの? 父さんの言葉に、ぼくは瞬きをくり返した。
 けど、どうやって自分の部屋に戻ったんか覚えてへん。
 よっぽど眠かったから、記憶にないんやろか。

 しゃがんだ父さんを見ると、困ったふうに眉を下げてる。なんか、この先は聞かん方がええような気がした。
 しがみついてくる欧之丞から逃げることもできん以上、現状を知らんのはあかん気がする。
 ぼくは意を決して、口を開いた。

「えっと、その。ぼくはどうやってお布団に戻ったんやろ」
「まぁ、とりあえず欧之丞に『ありがとう』って言うとき」

 父さんの話は、こうやった。
 ゆうべ、書斎でぼくと欧之丞はたしかに星を見てた。問題はその後や。

 自分でも颱風の目はすぐに過ぎ去るって、知っとったのに。どうやらぼくは寝てしもたらしい。

――だめだ、こたにい。おきなくちゃ。

 欧之丞がぼくを揺すっても、起きることはなく。しだいに吹き荒れる風と雨。
 小さい窓からでも、雨は容赦なく吹きこんで。ぼくの頭と肩はずぶ濡れになったらしい。

 それでも起きへんかった自分には、さすがに呆れるけど。
 ぼくよりも小さい体やのに、欧之丞は眠りこんだぼくを何とか引きずって動かしたそうや。

「俺がおおきかったら、こたにいをかついで、部屋にはこんだのに」

 涙声で話しながら、欧之丞は頭をぐりぐりと押しつけてくる。痛い、痛いって。
 ぼくとおんなじ髪洗粉かみあらいこの匂いが、鼻をかすめた。

「ありがとな、その気持ちはうれしいわ」

 大人のぼくが、大人の欧之丞に担がれるんは、ちょっと考えたくはない図やけどな。

 結局、昨夜の欧之丞は、ぼくを廊下まで引きずって力尽きたらしい。そのまま二人そろって、廊下で倒れるように寝てたそうや。
 父さんが気づいて(なんで都合よく気づいたんかは知らんけど)ぼくらを部屋に運んだって言うてた。

「ほな、顔を洗てご飯にしよか」

 ぼくを右腕に、欧之丞を左腕に抱えて、父さんは立ちあがった。
 いつもよりも高くなる視界、向かい側には涙の痕の残る欧之丞の顔がある。

「ありがとうな、欧之丞」

 こくりと欧之丞がうなずく。「あたりまえだ」とも「俺にまかせとけ」とも言わない。普段なら威勢のいい言葉が返ってくるのに。
 ただ、ほにゃっと微笑んだ。

 これはほんまに、つらい目に遭わせたなとぼくは反省した。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

黒蜜先生のヤバい秘密

月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
 高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。  須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。  だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...