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五章
10、颱風一過
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目が覚めたとき、ぼくと欧之丞は自分らの部屋で寝とった。
ぱちっと目が開いたのは、障子から射しこむ光があまりにもまぶしかったからや。
「おかしいなぁ。父さんの書斎におったはずやねんけど」
となりの布団で寝てる欧之丞を起こさんように、そーっと起きあがって障子を開ける。
青が飛びこんできた。それもとびっきりの澄んだ青や。
まるで洗いあげたみたいに空はぴかぴかで。庭には葉っぱがぎょうさん落ちとうけど。枝についてる葉は、緑に光沢がある。
見慣れたはずの景色がきれすぎて、うまい言葉が出てこぉへん。
「おう、起きたか。琥太郎」
廊下側の襖を開けて、父さんが部屋に入ってきた。もう寝間着から和服に着替えてる。
「えらい大冒険やったな」
なんのことやろ? 首をかしげてると「きれいに星が見えたか?」と父さんに問いかけられて思いだした。
せや、満天の星を見たんや。
「すごかったんやで。なんかな、星がありすぎて雲みたいに見えてん。でもな、目ぇこらしたら、星ってわかってん」
「そうかそうか。廊下や書斎は暗かったやろ。泣いたんちゃうか?」
「泣いてへん」
ぼくは声を大きくした。ほんまは怖かったけど。お兄ちゃんなんやから、泣いたりせぇへん。
なんでか父さんが、にっこりと笑てる。
大きい手がぼくの頭をなでる。髪がくしゃくしゃになるのに、父さんは手を止めへん。
「うーん」と声を上げて、欧之丞が目を覚ました。となりのぼくの布団が空なんを確認して、がばっと上体を起こす。
「こたにい。だいじょうぶだからな! 俺がいるからな!」
欧之丞は叫んだ。夢でも見て、寝ぼけてんのかな。
首をかしげてると、欧之丞がぼくに突撃してきた。まさにぶつかる、という感じで抱きしめられる。
「な、なんやねん。苦しいやんか」
「もう泣かなくてもいいからな」
「泣いてへんって」
ぼくが言うても、欧之丞は腕の力をゆるめへん。っていうかジブン、目に涙を浮かべてへんか?
「ゆうべ、欧之丞とふたりで、俺の書斎で颱風の目を見とったんやろ」
なんで知ってんの? 父さんの言葉に、ぼくは瞬きをくり返した。
けど、どうやって自分の部屋に戻ったんか覚えてへん。
よっぽど眠かったから、記憶にないんやろか。
しゃがんだ父さんを見ると、困ったふうに眉を下げてる。なんか、この先は聞かん方がええような気がした。
しがみついてくる欧之丞から逃げることもできん以上、現状を知らんのはあかん気がする。
ぼくは意を決して、口を開いた。
「えっと、その。ぼくはどうやってお布団に戻ったんやろ」
「まぁ、とりあえず欧之丞に『ありがとう』って言うとき」
父さんの話は、こうやった。
ゆうべ、書斎でぼくと欧之丞はたしかに星を見てた。問題はその後や。
自分でも颱風の目はすぐに過ぎ去るって、知っとったのに。どうやらぼくは寝てしもたらしい。
――だめだ、こたにい。おきなくちゃ。
欧之丞がぼくを揺すっても、起きることはなく。しだいに吹き荒れる風と雨。
小さい窓からでも、雨は容赦なく吹きこんで。ぼくの頭と肩はずぶ濡れになったらしい。
それでも起きへんかった自分には、さすがに呆れるけど。
ぼくよりも小さい体やのに、欧之丞は眠りこんだぼくを何とか引きずって動かしたそうや。
「俺がおおきかったら、こたにいをかついで、部屋にはこんだのに」
涙声で話しながら、欧之丞は頭をぐりぐりと押しつけてくる。痛い、痛いって。
ぼくとおんなじ髪洗粉の匂いが、鼻をかすめた。
「ありがとな、その気持ちはうれしいわ」
大人のぼくが、大人の欧之丞に担がれるんは、ちょっと考えたくはない図やけどな。
結局、昨夜の欧之丞は、ぼくを廊下まで引きずって力尽きたらしい。そのまま二人そろって、廊下で倒れるように寝てたそうや。
父さんが気づいて(なんで都合よく気づいたんかは知らんけど)ぼくらを部屋に運んだって言うてた。
「ほな、顔を洗てご飯にしよか」
ぼくを右腕に、欧之丞を左腕に抱えて、父さんは立ちあがった。
いつもよりも高くなる視界、向かい側には涙の痕の残る欧之丞の顔がある。
「ありがとうな、欧之丞」
こくりと欧之丞がうなずく。「あたりまえだ」とも「俺にまかせとけ」とも言わない。普段なら威勢のいい言葉が返ってくるのに。
ただ、ほにゃっと微笑んだ。
これはほんまに、つらい目に遭わせたなとぼくは反省した。
ぱちっと目が開いたのは、障子から射しこむ光があまりにもまぶしかったからや。
「おかしいなぁ。父さんの書斎におったはずやねんけど」
となりの布団で寝てる欧之丞を起こさんように、そーっと起きあがって障子を開ける。
青が飛びこんできた。それもとびっきりの澄んだ青や。
まるで洗いあげたみたいに空はぴかぴかで。庭には葉っぱがぎょうさん落ちとうけど。枝についてる葉は、緑に光沢がある。
見慣れたはずの景色がきれすぎて、うまい言葉が出てこぉへん。
「おう、起きたか。琥太郎」
廊下側の襖を開けて、父さんが部屋に入ってきた。もう寝間着から和服に着替えてる。
「えらい大冒険やったな」
なんのことやろ? 首をかしげてると「きれいに星が見えたか?」と父さんに問いかけられて思いだした。
せや、満天の星を見たんや。
「すごかったんやで。なんかな、星がありすぎて雲みたいに見えてん。でもな、目ぇこらしたら、星ってわかってん」
「そうかそうか。廊下や書斎は暗かったやろ。泣いたんちゃうか?」
「泣いてへん」
ぼくは声を大きくした。ほんまは怖かったけど。お兄ちゃんなんやから、泣いたりせぇへん。
なんでか父さんが、にっこりと笑てる。
大きい手がぼくの頭をなでる。髪がくしゃくしゃになるのに、父さんは手を止めへん。
「うーん」と声を上げて、欧之丞が目を覚ました。となりのぼくの布団が空なんを確認して、がばっと上体を起こす。
「こたにい。だいじょうぶだからな! 俺がいるからな!」
欧之丞は叫んだ。夢でも見て、寝ぼけてんのかな。
首をかしげてると、欧之丞がぼくに突撃してきた。まさにぶつかる、という感じで抱きしめられる。
「な、なんやねん。苦しいやんか」
「もう泣かなくてもいいからな」
「泣いてへんって」
ぼくが言うても、欧之丞は腕の力をゆるめへん。っていうかジブン、目に涙を浮かべてへんか?
「ゆうべ、欧之丞とふたりで、俺の書斎で颱風の目を見とったんやろ」
なんで知ってんの? 父さんの言葉に、ぼくは瞬きをくり返した。
けど、どうやって自分の部屋に戻ったんか覚えてへん。
よっぽど眠かったから、記憶にないんやろか。
しゃがんだ父さんを見ると、困ったふうに眉を下げてる。なんか、この先は聞かん方がええような気がした。
しがみついてくる欧之丞から逃げることもできん以上、現状を知らんのはあかん気がする。
ぼくは意を決して、口を開いた。
「えっと、その。ぼくはどうやってお布団に戻ったんやろ」
「まぁ、とりあえず欧之丞に『ありがとう』って言うとき」
父さんの話は、こうやった。
ゆうべ、書斎でぼくと欧之丞はたしかに星を見てた。問題はその後や。
自分でも颱風の目はすぐに過ぎ去るって、知っとったのに。どうやらぼくは寝てしもたらしい。
――だめだ、こたにい。おきなくちゃ。
欧之丞がぼくを揺すっても、起きることはなく。しだいに吹き荒れる風と雨。
小さい窓からでも、雨は容赦なく吹きこんで。ぼくの頭と肩はずぶ濡れになったらしい。
それでも起きへんかった自分には、さすがに呆れるけど。
ぼくよりも小さい体やのに、欧之丞は眠りこんだぼくを何とか引きずって動かしたそうや。
「俺がおおきかったら、こたにいをかついで、部屋にはこんだのに」
涙声で話しながら、欧之丞は頭をぐりぐりと押しつけてくる。痛い、痛いって。
ぼくとおんなじ髪洗粉の匂いが、鼻をかすめた。
「ありがとな、その気持ちはうれしいわ」
大人のぼくが、大人の欧之丞に担がれるんは、ちょっと考えたくはない図やけどな。
結局、昨夜の欧之丞は、ぼくを廊下まで引きずって力尽きたらしい。そのまま二人そろって、廊下で倒れるように寝てたそうや。
父さんが気づいて(なんで都合よく気づいたんかは知らんけど)ぼくらを部屋に運んだって言うてた。
「ほな、顔を洗てご飯にしよか」
ぼくを右腕に、欧之丞を左腕に抱えて、父さんは立ちあがった。
いつもよりも高くなる視界、向かい側には涙の痕の残る欧之丞の顔がある。
「ありがとうな、欧之丞」
こくりと欧之丞がうなずく。「あたりまえだ」とも「俺にまかせとけ」とも言わない。普段なら威勢のいい言葉が返ってくるのに。
ただ、ほにゃっと微笑んだ。
これはほんまに、つらい目に遭わせたなとぼくは反省した。
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