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五章
7、眠れない夜【1】※絲視点
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困りました。
敷布を皺のないようにのばしたお布団の上で、わたしは正座をして子ども達を眺めていました。
欧之丞さんは琥太郎さんと一緒のお布団で寝ると宣言したのです。
いそいそと琥太郎さんが自分の枕を欧之丞さんのお布団に運んで。敷布団の上に枕を並べると、中に入った蕎麦殻がこすれる音が聞こえました。
わたしの予定ではこうでした。
本当は子ども達二人を抱っこしながら、寝るつもりだったのです。
でも、きっとそれは蒼一郎さんに止められます。
ならば第二案です。何事も代案は必要ですからね。
次の案は、わたしは琥太郎さんと、蒼一郎さんは欧之丞さんと一緒のお布団で寝る計画でした。
欧之丞さんは蒼一郎さんに懐いていますし、きっと蒼一郎さんと一緒に寝ると言うと思ったんです。そして琥太郎さんはわたしと。
そうすれば、子どもも安心、わたしも安心、蒼一郎さんも安心……のはずでした。現に蒼一郎さんも、寝床を整える子ども達を眺めていらっしゃいます。
でも読み違えてしまったようです。
そうね、欧之丞さんは颱風なんてへっちゃらな強い子でした。わたしも琥太郎さんも二人して怖がりだから、たとえ寄り添ったとしても母子ともにふるふると震えるに違いないんです。
なら、蒼一郎さんと琥太郎さんが一緒に寝るとなると。ああ、琥太郎さんがとっても嫌がる様子が容易に目に浮かびます。
わたしは暗い天井を見上げて、小さく息をつきました。
蒼一郎さんと琥太郎さんは仲が悪いわけではないのに。蒼一郎さんの愛情が暑苦し……もとい、鬱陶しい……いえいえ、よけいに悪くなっています。そう、愛情を重く感じているようです。
もしかしたらその辺りも欧之丞さんは考えてくれたのでしょうか?
ひとつにゆるく三つ編みにした髪を左肩にかけて、わたしはお布団に入ろうとしました。
その時です。視界の端で、何かがひらひらと動く気配を感じたの。
見れば、蒼一郎さんが手招きしています。
「絲さんは俺と寝よか?」
「あの? その選択肢はなかったですけど」
「えー? なんでぇ? 寂しいこと言わんといて。俺は琥太郎にふられてん」
さして傷ついてもいない雰囲気。お部屋が暗いので、表情までははっきりと分かりませんが。明らかに声は明るいですよ?
ほんのひとときやんでいた風が、再び激しさを増しました。雨戸を叩きつける雨と、内側にあるガラス窓までがびりびりと震えています。
どさりと何かが落ちる音がして、お腹の辺りに振動を感じました。もしかしたら前栽の木の枝が折れて、地面に落ちたのかもしれません。
わたしは「きゃ」と短く悲鳴を上げました。
なのに「うわー、すごいなぁ」なんて欧之丞さんは、暢気にはしゃいでいるんですよ。
「蒼一郎おじさん、外見てもいい?」
「あかんて。雨戸を開けたら部屋ん中がえらいことになる」
「ちょっともだめ?」
「ちょっともあかん。琥太郎、欧之丞が無茶せんように見張っとくんやで」
蒼一郎さんにたしなめられて、欧之丞さんは小さな肩をしゅんと落としました。寝間着の帯も一緒にしなだれているかのようです。
そりゃあ、全然怖がっていないんですもの。蒼一郎さんと一緒に寝るはずがありませんよね。
結局わたしは自分の枕を抱きしめて、蒼一郎さんのお布団にお邪魔することになりました。
「絲さんやったらいつでも大歓迎やで。朝でも昼でも夜でも、毎日でも」
「大人が二人で一緒に寝ると、狭くて肩がこりませんか?」
「まぁな。けど、出かけてる時でも絲さんの存在を感じられるから。そういう痛みもええなぁ」
間近に蒼一郎さんのお顔があるので、そんな風に言われると、頬が熱くなってしまいます。
同じ石鹸を使っているのに、蒼一郎さんとわたしでは匂いが違いますし、闇に目が慣れたとはいえ、やはり仄暗いことには変わりがないので。どきどきします。
「手ぇつないで寝よか」
「はい」
子ども達に聞かれるのが恥ずかしくて、わたしは微かな声で答えました。
颱風の目に入ったのでしょうか。風と雨の音がやみました。
ぱさりと闇に消え入りそうな仄かな音。花器から花びらが畳に落ちたようです。
大きくてひんやりとした蒼一郎さんの手に包まれて、わたしは瞼が重くなってきました。
「せやで、今のうちに寝たら、起きたらもう颱風も過ぎとうわ」
「……はい」
左手をつないで、寝間着に包まれた左肩は蒼一郎さんの手に包まれているの。
「おやすみ、絲さん」
「……おやすみ、なさい」
わたしよりもゆっくりとした心臓の音が耳元で聞こえて。ゆっくりと眠りに落ちていったのです。
敷布を皺のないようにのばしたお布団の上で、わたしは正座をして子ども達を眺めていました。
欧之丞さんは琥太郎さんと一緒のお布団で寝ると宣言したのです。
いそいそと琥太郎さんが自分の枕を欧之丞さんのお布団に運んで。敷布団の上に枕を並べると、中に入った蕎麦殻がこすれる音が聞こえました。
わたしの予定ではこうでした。
本当は子ども達二人を抱っこしながら、寝るつもりだったのです。
でも、きっとそれは蒼一郎さんに止められます。
ならば第二案です。何事も代案は必要ですからね。
次の案は、わたしは琥太郎さんと、蒼一郎さんは欧之丞さんと一緒のお布団で寝る計画でした。
欧之丞さんは蒼一郎さんに懐いていますし、きっと蒼一郎さんと一緒に寝ると言うと思ったんです。そして琥太郎さんはわたしと。
そうすれば、子どもも安心、わたしも安心、蒼一郎さんも安心……のはずでした。現に蒼一郎さんも、寝床を整える子ども達を眺めていらっしゃいます。
でも読み違えてしまったようです。
そうね、欧之丞さんは颱風なんてへっちゃらな強い子でした。わたしも琥太郎さんも二人して怖がりだから、たとえ寄り添ったとしても母子ともにふるふると震えるに違いないんです。
なら、蒼一郎さんと琥太郎さんが一緒に寝るとなると。ああ、琥太郎さんがとっても嫌がる様子が容易に目に浮かびます。
わたしは暗い天井を見上げて、小さく息をつきました。
蒼一郎さんと琥太郎さんは仲が悪いわけではないのに。蒼一郎さんの愛情が暑苦し……もとい、鬱陶しい……いえいえ、よけいに悪くなっています。そう、愛情を重く感じているようです。
もしかしたらその辺りも欧之丞さんは考えてくれたのでしょうか?
ひとつにゆるく三つ編みにした髪を左肩にかけて、わたしはお布団に入ろうとしました。
その時です。視界の端で、何かがひらひらと動く気配を感じたの。
見れば、蒼一郎さんが手招きしています。
「絲さんは俺と寝よか?」
「あの? その選択肢はなかったですけど」
「えー? なんでぇ? 寂しいこと言わんといて。俺は琥太郎にふられてん」
さして傷ついてもいない雰囲気。お部屋が暗いので、表情までははっきりと分かりませんが。明らかに声は明るいですよ?
ほんのひとときやんでいた風が、再び激しさを増しました。雨戸を叩きつける雨と、内側にあるガラス窓までがびりびりと震えています。
どさりと何かが落ちる音がして、お腹の辺りに振動を感じました。もしかしたら前栽の木の枝が折れて、地面に落ちたのかもしれません。
わたしは「きゃ」と短く悲鳴を上げました。
なのに「うわー、すごいなぁ」なんて欧之丞さんは、暢気にはしゃいでいるんですよ。
「蒼一郎おじさん、外見てもいい?」
「あかんて。雨戸を開けたら部屋ん中がえらいことになる」
「ちょっともだめ?」
「ちょっともあかん。琥太郎、欧之丞が無茶せんように見張っとくんやで」
蒼一郎さんにたしなめられて、欧之丞さんは小さな肩をしゅんと落としました。寝間着の帯も一緒にしなだれているかのようです。
そりゃあ、全然怖がっていないんですもの。蒼一郎さんと一緒に寝るはずがありませんよね。
結局わたしは自分の枕を抱きしめて、蒼一郎さんのお布団にお邪魔することになりました。
「絲さんやったらいつでも大歓迎やで。朝でも昼でも夜でも、毎日でも」
「大人が二人で一緒に寝ると、狭くて肩がこりませんか?」
「まぁな。けど、出かけてる時でも絲さんの存在を感じられるから。そういう痛みもええなぁ」
間近に蒼一郎さんのお顔があるので、そんな風に言われると、頬が熱くなってしまいます。
同じ石鹸を使っているのに、蒼一郎さんとわたしでは匂いが違いますし、闇に目が慣れたとはいえ、やはり仄暗いことには変わりがないので。どきどきします。
「手ぇつないで寝よか」
「はい」
子ども達に聞かれるのが恥ずかしくて、わたしは微かな声で答えました。
颱風の目に入ったのでしょうか。風と雨の音がやみました。
ぱさりと闇に消え入りそうな仄かな音。花器から花びらが畳に落ちたようです。
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「せやで、今のうちに寝たら、起きたらもう颱風も過ぎとうわ」
「……はい」
左手をつないで、寝間着に包まれた左肩は蒼一郎さんの手に包まれているの。
「おやすみ、絲さん」
「……おやすみ、なさい」
わたしよりもゆっくりとした心臓の音が耳元で聞こえて。ゆっくりと眠りに落ちていったのです。
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