上 下
91 / 103
四章

21、悪い子みたい

しおりを挟む
 母さんが作ってくれた紙の包みから、朝顔の飴を取り出す。
 うすい花びらが崩れんように、そーっと、そーっと。

 右手を上げて、朝の光を飴ちゃんにまとわせる。
 ああ、なんてきれいなんやろ。
 濃い青空を透かした紫色の花弁は、ほんまに深くて見とれるほどやった。

 本物の朝顔は半透明やない。けど飴みたいに半透明のように思えるんは、なんでやろ。
 どっちも素敵やなぁ。きれいやなぁ。

 うっとりと眺めとったら「ばりんっ」という硬い音がした。

「え?」

 横を見たら、隣にしゃがんでた欧之丞がトンボの飴をかじっとった。

「ジブン、もう食べたん? って、食べてええん?」
「もごもご」

 翅の部分を口に入れた欧之丞は、こくりと頷く。
 けど、精巧にできた飴やから、なんかほんまもんのトンボを食べてるみたいで、ちょっと……かなり怖いかも。

「甘いよ」
「うん、そら甘いやろけど。そのギンヤンマの飴、大事にしとったやん」
「でも飴だから食べないと」
「そういうもんなん?」

 ぼくはこのままずーっと朝顔の飴を置いておきたい気持ちやった。食べてしまうんはもったいない。できることならば、一輪挿しにでも飾っておきたかった。

「今日は暑いから、飴ちゃんが溶けてしまうって蒼一郎おじさんが言ってたもん」
「でも、飴はお菓子やから。朝ご飯前に食べるんはあかんと思う」
「朝ご飯はまだだけど。俺、もう歯をみがいたよ」

 え? なんで? と思ったけど。そうか、ぼくは夜更かししとったから寝坊したんやった。

「こたにいも、歯をみがいたら食べられるよ」

 にっこりと微笑みながら、欧之丞はトンボの飴を口にくわえた。
 なんか猟奇的やな。それに悪い誘いや。

「甘すぎるなぁ。甘いの抜きにしてもらったらよかった」
「何言うとん。お砂糖や水飴を抜いたら、飴にならへんやんか」

「それもそうか」と呟きながら、欧之丞は飴を噛んでいる。

 ほんまに甘いの苦手やのに。よっぽど形が気に入ってるのか、顔を盛大にしかめて、まるで苦い薬を食べているかのように見える。

 ぼくはもぞもぞして、立ち上がった。
 欧之丞に「持っといて」と朝顔の飴ちゃんを託すと、急いで洗面台へと向かう。

 長い廊下は薄暗くて、外の眩しさから中に入ると視界が閉ざされたかのように思えた。
 ひんやりとした木の床は磨き上げられて、黒くつやつやして見える。、それに北側にある洗面台は夏とは思えへんほど涼しかった。

 ちょうど手拭いを交換しとった母さんが、ぼくに気づく。

「あら、琥太郎さん。おはようございます」
「おはよう、母さん。ぼく、歯ぁ磨きたい、早く早く」
 
 ひんやりとしたタイル張りの細長い長方形の洗面台。カップに立てかけてある歯ブラシと缶に入った歯磨きの粉。
 母さんが小さめの盥に汲んでくれた水で歯を磨いて、顔も洗う。

「つめたっ」
「井戸水は夏でも冷たいですからね」

 急いでるんやから適当でええはずやのに。ぼくは真面目なええ子やから、やっぱり丁寧にしっかりと洗ってしもた。

「琥太郎さん、まだ濡れていますよ」
「ええねん。外にいるから、すぐに乾くもん」

 母さんの言葉を背中に聞きながら、お行儀悪く廊下を駆け抜け、ぼくらの部屋を横切って庭へと下りる。
 ぼくの姿を見つけた欧之丞が、笑顔で手招きをする。

 ええ子やのに夜更かししたり、朝ご飯の前に飴を食べるやなんて。
 ほんのちょっと悪い子になったみたいで、ぼくは胸が高鳴った。
 
 ふふ、悪い子やって。かっこええなぁ。

 ぼくに飴ちゃんを手渡した欧之丞は、ほとんど形のなくなったギンヤンマの飴を舐めながら、あろうことか石に止まったトンボを眺めとった。
 翅が黒くて体が青いトンボやった。

「……トンボ見ながら、トンボの飴を食べとん?」
「こたにいといっしょ。朝顔を見ながら朝顔の飴をなめるんだろ?」

 そうやけど、そうなん? なんか違う気がするんやけど。
 ぼくのは、欧之丞みたいに怖ないで。

 きれいな花の形が崩れてしまうんはもったいなかったけど。ぼくは勇気を出して、舐めてみた。

「あま、おいしっ」

 こんなおいしい飴を食べたんは、初めてやった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

Promise Ring

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。 下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。 若くして独立し、業績も上々。 しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。 なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指すい桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

処理中です...