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四章
21、悪い子みたい
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母さんが作ってくれた紙の包みから、朝顔の飴を取り出す。
うすい花びらが崩れんように、そーっと、そーっと。
右手を上げて、朝の光を飴ちゃんにまとわせる。
ああ、なんてきれいなんやろ。
濃い青空を透かした紫色の花弁は、ほんまに深くて見とれるほどやった。
本物の朝顔は半透明やない。けど飴みたいに半透明のように思えるんは、なんでやろ。
どっちも素敵やなぁ。きれいやなぁ。
うっとりと眺めとったら「ばりんっ」という硬い音がした。
「え?」
横を見たら、隣にしゃがんでた欧之丞がトンボの飴をかじっとった。
「ジブン、もう食べたん? って、食べてええん?」
「もごもご」
翅の部分を口に入れた欧之丞は、こくりと頷く。
けど、精巧にできた飴やから、なんかほんまもんのトンボを食べてるみたいで、ちょっと……かなり怖いかも。
「甘いよ」
「うん、そら甘いやろけど。そのギンヤンマの飴、大事にしとったやん」
「でも飴だから食べないと」
「そういうもんなん?」
ぼくはこのままずーっと朝顔の飴を置いておきたい気持ちやった。食べてしまうんはもったいない。できることならば、一輪挿しにでも飾っておきたかった。
「今日は暑いから、飴ちゃんが溶けてしまうって蒼一郎おじさんが言ってたもん」
「でも、飴はお菓子やから。朝ご飯前に食べるんはあかんと思う」
「朝ご飯はまだだけど。俺、もう歯をみがいたよ」
え? なんで? と思ったけど。そうか、ぼくは夜更かししとったから寝坊したんやった。
「こたにいも、歯をみがいたら食べられるよ」
にっこりと微笑みながら、欧之丞はトンボの飴を口にくわえた。
なんか猟奇的やな。それに悪い誘いや。
「甘すぎるなぁ。甘いの抜きにしてもらったらよかった」
「何言うとん。お砂糖や水飴を抜いたら、飴にならへんやんか」
「それもそうか」と呟きながら、欧之丞は飴を噛んでいる。
ほんまに甘いの苦手やのに。よっぽど形が気に入ってるのか、顔を盛大にしかめて、まるで苦い薬を食べているかのように見える。
ぼくはもぞもぞして、立ち上がった。
欧之丞に「持っといて」と朝顔の飴ちゃんを託すと、急いで洗面台へと向かう。
長い廊下は薄暗くて、外の眩しさから中に入ると視界が閉ざされたかのように思えた。
ひんやりとした木の床は磨き上げられて、黒くつやつやして見える。、それに北側にある洗面台は夏とは思えへんほど涼しかった。
ちょうど手拭いを交換しとった母さんが、ぼくに気づく。
「あら、琥太郎さん。おはようございます」
「おはよう、母さん。ぼく、歯ぁ磨きたい、早く早く」
ひんやりとしたタイル張りの細長い長方形の洗面台。カップに立てかけてある歯ブラシと缶に入った歯磨きの粉。
母さんが小さめの盥に汲んでくれた水で歯を磨いて、顔も洗う。
「つめたっ」
「井戸水は夏でも冷たいですからね」
急いでるんやから適当でええはずやのに。ぼくは真面目なええ子やから、やっぱり丁寧にしっかりと洗ってしもた。
「琥太郎さん、まだ濡れていますよ」
「ええねん。外にいるから、すぐに乾くもん」
母さんの言葉を背中に聞きながら、お行儀悪く廊下を駆け抜け、ぼくらの部屋を横切って庭へと下りる。
ぼくの姿を見つけた欧之丞が、笑顔で手招きをする。
ええ子やのに夜更かししたり、朝ご飯の前に飴を食べるやなんて。
ほんのちょっと悪い子になったみたいで、ぼくは胸が高鳴った。
ふふ、悪い子やって。かっこええなぁ。
ぼくに飴ちゃんを手渡した欧之丞は、ほとんど形のなくなったギンヤンマの飴を舐めながら、あろうことか石に止まったトンボを眺めとった。
翅が黒くて体が青いトンボやった。
「……トンボ見ながら、トンボの飴を食べとん?」
「こたにいといっしょ。朝顔を見ながら朝顔の飴をなめるんだろ?」
そうやけど、そうなん? なんか違う気がするんやけど。
ぼくのは、欧之丞みたいに怖ないで。
きれいな花の形が崩れてしまうんはもったいなかったけど。ぼくは勇気を出して、舐めてみた。
「あま、おいしっ」
こんなおいしい飴を食べたんは、初めてやった。
うすい花びらが崩れんように、そーっと、そーっと。
右手を上げて、朝の光を飴ちゃんにまとわせる。
ああ、なんてきれいなんやろ。
濃い青空を透かした紫色の花弁は、ほんまに深くて見とれるほどやった。
本物の朝顔は半透明やない。けど飴みたいに半透明のように思えるんは、なんでやろ。
どっちも素敵やなぁ。きれいやなぁ。
うっとりと眺めとったら「ばりんっ」という硬い音がした。
「え?」
横を見たら、隣にしゃがんでた欧之丞がトンボの飴をかじっとった。
「ジブン、もう食べたん? って、食べてええん?」
「もごもご」
翅の部分を口に入れた欧之丞は、こくりと頷く。
けど、精巧にできた飴やから、なんかほんまもんのトンボを食べてるみたいで、ちょっと……かなり怖いかも。
「甘いよ」
「うん、そら甘いやろけど。そのギンヤンマの飴、大事にしとったやん」
「でも飴だから食べないと」
「そういうもんなん?」
ぼくはこのままずーっと朝顔の飴を置いておきたい気持ちやった。食べてしまうんはもったいない。できることならば、一輪挿しにでも飾っておきたかった。
「今日は暑いから、飴ちゃんが溶けてしまうって蒼一郎おじさんが言ってたもん」
「でも、飴はお菓子やから。朝ご飯前に食べるんはあかんと思う」
「朝ご飯はまだだけど。俺、もう歯をみがいたよ」
え? なんで? と思ったけど。そうか、ぼくは夜更かししとったから寝坊したんやった。
「こたにいも、歯をみがいたら食べられるよ」
にっこりと微笑みながら、欧之丞はトンボの飴を口にくわえた。
なんか猟奇的やな。それに悪い誘いや。
「甘すぎるなぁ。甘いの抜きにしてもらったらよかった」
「何言うとん。お砂糖や水飴を抜いたら、飴にならへんやんか」
「それもそうか」と呟きながら、欧之丞は飴を噛んでいる。
ほんまに甘いの苦手やのに。よっぽど形が気に入ってるのか、顔を盛大にしかめて、まるで苦い薬を食べているかのように見える。
ぼくはもぞもぞして、立ち上がった。
欧之丞に「持っといて」と朝顔の飴ちゃんを託すと、急いで洗面台へと向かう。
長い廊下は薄暗くて、外の眩しさから中に入ると視界が閉ざされたかのように思えた。
ひんやりとした木の床は磨き上げられて、黒くつやつやして見える。、それに北側にある洗面台は夏とは思えへんほど涼しかった。
ちょうど手拭いを交換しとった母さんが、ぼくに気づく。
「あら、琥太郎さん。おはようございます」
「おはよう、母さん。ぼく、歯ぁ磨きたい、早く早く」
ひんやりとしたタイル張りの細長い長方形の洗面台。カップに立てかけてある歯ブラシと缶に入った歯磨きの粉。
母さんが小さめの盥に汲んでくれた水で歯を磨いて、顔も洗う。
「つめたっ」
「井戸水は夏でも冷たいですからね」
急いでるんやから適当でええはずやのに。ぼくは真面目なええ子やから、やっぱり丁寧にしっかりと洗ってしもた。
「琥太郎さん、まだ濡れていますよ」
「ええねん。外にいるから、すぐに乾くもん」
母さんの言葉を背中に聞きながら、お行儀悪く廊下を駆け抜け、ぼくらの部屋を横切って庭へと下りる。
ぼくの姿を見つけた欧之丞が、笑顔で手招きをする。
ええ子やのに夜更かししたり、朝ご飯の前に飴を食べるやなんて。
ほんのちょっと悪い子になったみたいで、ぼくは胸が高鳴った。
ふふ、悪い子やって。かっこええなぁ。
ぼくに飴ちゃんを手渡した欧之丞は、ほとんど形のなくなったギンヤンマの飴を舐めながら、あろうことか石に止まったトンボを眺めとった。
翅が黒くて体が青いトンボやった。
「……トンボ見ながら、トンボの飴を食べとん?」
「こたにいといっしょ。朝顔を見ながら朝顔の飴をなめるんだろ?」
そうやけど、そうなん? なんか違う気がするんやけど。
ぼくのは、欧之丞みたいに怖ないで。
きれいな花の形が崩れてしまうんはもったいなかったけど。ぼくは勇気を出して、舐めてみた。
「あま、おいしっ」
こんなおいしい飴を食べたんは、初めてやった。
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