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四章

18、急がないと

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 ぼくと欧之丞は二人でお風呂に入っとった。
 湯気がもわもわと窓から流れ出ていくんが見える。
 夏場は温まると熱いから、すぐに洗い場に行って髪や体を洗う。

 髪洗い粉をお湯で溶かして、欧之丞の頭にそーっとかけてやる。ぼくが頭を洗ったろと思たのに、欧之丞は自分でわしわしと洗いだした。

「あかんやん、そんな乱暴にあろたら。髪がからまるで」
「へいき」

 あ、そうか。ぼくみたいにふわふわした髪とちゃうんや。
 母さんと一緒にお風呂に入ってた時は、いっつも丁寧に洗ってもろて、それが慣れとったから。
 
「うわぁ」と、突然欧之丞が叫んだ。
 ほら、やっぱりまっすぐな髪でも絡まるんや。
 ぼくは慌てたけど、欧之丞はなぜか水道の水栓を開いた。そしてうがいし始めたんや。

「どないしたん?」
「ううっ。にがいよぉ。へんな味」
「味? もしかして髪洗い粉が口に入ったん?」

 問いかけると、顔と髪を泡だらけにしながら欧之丞はこくりとうなずいた。

「ふつう、口やのうて目に入らへん?」
「目はぎゅーってつぶってたから」

 そう言いながら、欧之丞はあわあわの手で口許をぬぐおうとするから。ぼくが代わりに泡を拭いたった。
 潤んだ瞳で見上げてこられて、ああ、これは目にも泡が入りそうやとぼくは察した。

 ほんまに、髪を洗うんはぼくに任しとったらええのに。

「なんで今日に限って、自分で洗うん?」
「だって、ギンヤンマが待ってるもん」

 え、そこなん?

「こたにいも急がないと。あさがおが待ってるぞ」
「う、うん。そうやな」

 そうかぁ、そんなに気に入ったんか。あの飴ちゃん。
 いやなこともあったけど、欧之丞を宵祭りにつれていったって、よかったな。
 ふふ、また一緒に遊びにいきたいな。

 ぼくも急いで体や頭を洗って、ざばーってお湯をかけて急いで出る。
 そうやねん、朝顔があったんや。明日の朝に、ほんものの朝顔を見て飴も眺めるんや。

 二人してお風呂から上がって部屋に戻ると、父さんが驚いたように目を開いた。母さんなんか「きゃっ。びしょびしょ」って小さく悲鳴を上げたほどや。

 確かに廊下には水滴が点々と落ちとった。
 ぼくも欧之丞も毛先からぽたぽたと水が垂れとう。

「ほら、おいで。二人とも」

 父さんに呼ばれて縁側に行くと、乾いた手拭いで髪を拭いてもらった。
 廊下から波多野の「うわ、びしょ濡れ」という悲鳴が聞こえてくる。
 母さんは苦笑しながら、ぼくらに飴を手渡してくれた。

 ちゃんと紙で袋がつくってあって、それに包んである。

「これ、ギンヤンマのおふとん?」
「え? そうね。お布団ね。欧之丞さん達も疲れたでしょうから、お布団に入りましょうね」
「ありがとう絲おばさん」

 きらきら輝く笑顔で、欧之丞は母さんに抱きついた。

「あ、ええなー」と父さんは呟いたけど、それはどっち? 欧之丞に抱きついてもらいたいん? それとも母さんに抱きつきたいん?

 そう考えてたら「琥太郎、父さんに抱きついてええんやで」って言われた。
 
「えー、べつにぃ」
「そんな寂しいこと言わんといて。父さんも袋を作るん手伝うたんやで」

 うん、確かに。母さんが一人で作ったにしては、折り目がぴしっとしてる。
 しゃあないな、父さんは甘えん坊やから。

 ぼくは視線を庭に向けて、父さんや母さんの方を見んようにしながら、父さんに手を伸ばした。
 その途端、ぎゅううって抱きしめられる。

「うわ、苦しいって。ぼくが抱きつくんやろ?」
「琥太郎はそーっとしすぎやから、物足りへん。これくらい、ぎゅーってするんやで」

 もぉ、ほっぺたすりすりせんといてー。
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