87 / 103
四章
17、二つの飴 ※絲視点
しおりを挟む
「欧之丞さんは、今夜は本当に楽しかったんですねぇ」
わたしは右手にギンヤンマ、左手に朝顔の飴を持っていました。
どちらも細工が見事で、とても美しい色合いなの。
「琥太郎さんも色々あったけれど。今日はあの子たち二人きりでお出かけして、良かったんですね」
「せやな。大冒険や」
蒼一郎さんは、縁側に座るわたしの隣に腰を下ろしました。
波多野さんは、子ども達のお布団を敷いて、次にわたし達のお布団を敷いてくださるようで部屋を出ていきました。
「蒼一郎さん、今夜は宵祭りってご存知でしたよね」
「そらな」
「じゃあ、わたし達がついていけないからと、二人が我慢するとも思っていなかったですよね」
「……参ったなぁ、絲さんは鋭いなぁ」
わたしが手に持つ澄んだ紫に白い絞りの入った朝顔の飴を、蒼一郎さんは眺めています。
いつまでもこのままではいけないわね。紙袋にでも入れた方がいいかしら。
「琥太郎が一人やったら、お利口にして家で留守番しとったやろ。波多野の言うことをちゃんと聞いてな」
「ええ、そうですね。無茶をする子ではありませんもの」
宵祭りに興味はあっても、大人から「行ってはいけません」と言われたら、おとなしく従っていたと思います。
提灯の橙色の灯りが、ぼんやりと夜空を染めているのを眺めながら。ご本を読んでいたのではないかしら。
もしかして蒼一郎さんは、欧之丞さんに琥太郎さんを引っ張ってもらいたかったのかしら。
冒険をしない琥太郎さんと、冒険大好きな欧之丞さん。どちらも一人っ子で見た目も性格も似ていないのに。本当に仲の良い兄弟みたいなのね。
わたしは自然と微笑みがこぼれました。
「ええ子っていうんはな、大人からしてみたら楽なんやけど。本人はしんどいと思うんや。せやから、無理矢理にでも連れ出されんと無茶をせぇへん」
蒼一郎さんは、お庭の暗い部分を見つめながらそう仰いました。
この時季は、もう蛍の姿は見えません。
夜風に乗って神社から途切れ途切れに聞こえてくる、微かな賑わい。それにお風呂場から、かぽーんという湯桶の音も聞こえます。
子どもの声は高いから、二人が興奮気味に話している声も洩れ聞こえるんです。
「その日の冒険をああやって語ることができるんは、ええと思う。ほんまにええと思うんや」
きっと蒼一郎さんは、お小さい頃に無茶をなさらなかったのね。ヤクザが真面目っておかしいかもしれませんが。そんな子ども時代を彼が送ったのだと思うと、琥太郎さんに対する気持ちも理解できます。
ちなみにわたしは、苦いお薬とお布団がお友だちでしたから。
小さい頃は、近所の子ども達が遊ぶ声と波の音をただお布団の中で聞いているだけでした。
「俺は、絲さんに出会ってからほんまに欲しいもんが出来た。というか、絲さん以外は俺には必要ないと思てた」
蒼一郎さんの瞳に、まるで明かりが灯ったように光が宿りました。
恥ずかしいです。だって、蒼一郎さんと初めて出会った時は、わたしはまだ少女で。しかも人買いに攫われて、犬のように鎖をつけられていたんですもの。
蒼一郎さんとおじいさまに助けられなければ、わたしなんてとうに命を落としていたでしょう。
「琥太郎さんも欧之丞さんも、いつか……まだ先の未来ですけど。それぞれの家庭を築くのかしら」
「せやなぁ」
どうか彼らを大事にしてくれて、彼らが大事に思う人が現れますように。
わたしは右手にギンヤンマ、左手に朝顔の飴を持っていました。
どちらも細工が見事で、とても美しい色合いなの。
「琥太郎さんも色々あったけれど。今日はあの子たち二人きりでお出かけして、良かったんですね」
「せやな。大冒険や」
蒼一郎さんは、縁側に座るわたしの隣に腰を下ろしました。
波多野さんは、子ども達のお布団を敷いて、次にわたし達のお布団を敷いてくださるようで部屋を出ていきました。
「蒼一郎さん、今夜は宵祭りってご存知でしたよね」
「そらな」
「じゃあ、わたし達がついていけないからと、二人が我慢するとも思っていなかったですよね」
「……参ったなぁ、絲さんは鋭いなぁ」
わたしが手に持つ澄んだ紫に白い絞りの入った朝顔の飴を、蒼一郎さんは眺めています。
いつまでもこのままではいけないわね。紙袋にでも入れた方がいいかしら。
「琥太郎が一人やったら、お利口にして家で留守番しとったやろ。波多野の言うことをちゃんと聞いてな」
「ええ、そうですね。無茶をする子ではありませんもの」
宵祭りに興味はあっても、大人から「行ってはいけません」と言われたら、おとなしく従っていたと思います。
提灯の橙色の灯りが、ぼんやりと夜空を染めているのを眺めながら。ご本を読んでいたのではないかしら。
もしかして蒼一郎さんは、欧之丞さんに琥太郎さんを引っ張ってもらいたかったのかしら。
冒険をしない琥太郎さんと、冒険大好きな欧之丞さん。どちらも一人っ子で見た目も性格も似ていないのに。本当に仲の良い兄弟みたいなのね。
わたしは自然と微笑みがこぼれました。
「ええ子っていうんはな、大人からしてみたら楽なんやけど。本人はしんどいと思うんや。せやから、無理矢理にでも連れ出されんと無茶をせぇへん」
蒼一郎さんは、お庭の暗い部分を見つめながらそう仰いました。
この時季は、もう蛍の姿は見えません。
夜風に乗って神社から途切れ途切れに聞こえてくる、微かな賑わい。それにお風呂場から、かぽーんという湯桶の音も聞こえます。
子どもの声は高いから、二人が興奮気味に話している声も洩れ聞こえるんです。
「その日の冒険をああやって語ることができるんは、ええと思う。ほんまにええと思うんや」
きっと蒼一郎さんは、お小さい頃に無茶をなさらなかったのね。ヤクザが真面目っておかしいかもしれませんが。そんな子ども時代を彼が送ったのだと思うと、琥太郎さんに対する気持ちも理解できます。
ちなみにわたしは、苦いお薬とお布団がお友だちでしたから。
小さい頃は、近所の子ども達が遊ぶ声と波の音をただお布団の中で聞いているだけでした。
「俺は、絲さんに出会ってからほんまに欲しいもんが出来た。というか、絲さん以外は俺には必要ないと思てた」
蒼一郎さんの瞳に、まるで明かりが灯ったように光が宿りました。
恥ずかしいです。だって、蒼一郎さんと初めて出会った時は、わたしはまだ少女で。しかも人買いに攫われて、犬のように鎖をつけられていたんですもの。
蒼一郎さんとおじいさまに助けられなければ、わたしなんてとうに命を落としていたでしょう。
「琥太郎さんも欧之丞さんも、いつか……まだ先の未来ですけど。それぞれの家庭を築くのかしら」
「せやなぁ」
どうか彼らを大事にしてくれて、彼らが大事に思う人が現れますように。
0
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
颱風の夜、ヤクザに戀して乱れ咲く【R18】
真風月花
恋愛
大正のヤクザとお嬢さまの初恋。R18シーンあり。「はぁ? 颱風やのに面倒くさい仕事を押し付けんなや」お嬢さまの貴世子の家が、高利貸しにのっとられる。それを救う為に、ヤクザの幾久司は嫌々ながら貴世子の家へと向かった。不真面目で無精な幾久司と、彼を高利貸しと勘違いした貴世子。世間知らずの貴世子を、幾久司は放っておくことができなくなった。面倒くさがりなのに。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる