上 下
86 / 103
四章

16、貸してあげる

しおりを挟む
 部屋に戻ってお風呂の用意をしていたら、波多野が傍に寄ってきた。
 蒼い顔をして、ぼくと欧之丞の傍に正座する。

 父さんは「お、なんやなんや」と面白がる様子で眺めてる。

 さすがにもう夜やから、波多野は割烹着は着てへん。神妙な顔つきで、ぼくらを見つめてるんや。

「やっぱり私がついていったら、良かったんです」
「でも、そんなん悪いし。波多野も仕事があるし」

 ぼくは顔の前で小さく両手を振った。

「家事よりも、坊ちゃんらの方が大事です。お二人で遊ぶのを邪魔しせんといてほしいと仰るのでしたら、距離を取って見守りますから」
「う、うん」

 波多野がにじり寄ってきた。今日は皆、顔が近いってば。

「ごめん、波多野。勝手に出かけて」
「ごめんなさい。次はちゃんと言ってから、そーっと抜け出すね」

 ぼくと欧之丞は、波多野に気圧されて背筋を逸らした。
 けど、ほんまに心配かけてしもたんやな。

 今夜、ぼくは知った。おんなじ組の中でもおんなじ大人でも、ぼくを「坊ちゃん」や「若」と恭しく呼ぶ人の中にも、裏側で考えてることがまったく違うんやと。
 大事に思ってくれてる人もいれば、利用しようと企む人もおる。

 それをちゃんと見極めんとあかんのや。

「絲お嬢さんもしんどいでしょう? 今朝から出かけてはったんですから」

 波多野は今度は母さんに向き直った。
 花瓶に挿した花から落ちた花びらが、畳に落ちとった。朱鷺色の愛らしい花びらや。珍しいなぁ、散った花がそのままになっとう。

 そうか、今日はぼくらの所為で波多野も気が気じゃなかったから、拾てないんや。

「せやなぁ。絲さんも、もう休ませたらなあかんな」
「大丈夫ですよ」

 母さんが答えるよりも先に、父さんが返事する。
 これは分かる。母さんは平気やないのに平気なふりをするから。というか、多分自分の体力を過信……っていうん? 信じすぎとう。

「琥太郎と欧之丞は先に風呂に入ってき。絲さんは、しばらく横になっときな」
「……はい」

 反論しても無意味と悟ったんやろ。母さんはしょぼんと肩を落とした。

「へいき」と、突然欧之丞が声を上げた。

「俺とこたにいもちゃんと言うこときくから。絲おばさんも言うこときかないと」
「欧之丞さん?」

 正座してる母さんの前に、欧之丞が向かっていった。

「このギンヤンマといっしょに寝る? いい夢見ると思う」
「トンボの飴と?」
「ちがう。ギンヤンマ」

 欧之丞のトンボへのこだわりは、なかなかに強い。母さんは結局「ギンヤンマ」と言い直しを要求された。
 
「でも、大事な物でしょう? ギンヤンマも欧之丞さんと一緒に寝たいんじゃないかしら。そうね、明日の朝にまた見せてもらってもいいかしら」
「うん、いいよ」

 満足そうな笑顔を浮かべる欧之丞。それを見た父さんは口許を手で押さえて肩を震わせとう。これは笑いを噛み殺しとうなぁ。波多野は蒼い顔をして母さんと欧之丞を見比べてるし。

 うーん、ぼくも母さんのことを親っていう風に見ぃひん時があるけど。欧之丞にとっても、もしかして母さんってお友達感覚なん?

「じゃあ、お風呂入ってくるけど。その間、絲おばさんはギンヤンマいる? 持ってていいよ」
「え?」

 そこまでか。そこまでジブン、ギンヤンマは特別か。ほら、母さんなんかびっくりして目を丸くしとうやんか。父さんはとうとう畳につっぷして「ひーっ」って引きつった声で笑ってるし。

「そうね。じゃあ、お借りしようかしら」
「うんっ」

 相当大事な物やから、母さんは飴を丁重に受け取った。

「琥太郎さんの朝顔も見せてもらっていいかしら。帰り道は暗かったから、明るいところで見たいわ」
「う、うん」

 差し出される母さんの手。いっつも手を繋いでる柔らかでしなやかな指。
 ぼくは照れてるのを隠すために、ほとんどしゃべらずに朝顔の飴を手渡した。
 
 母さんは不思議や。さっきも思たけど、子どもっぽく見えるとこもあるのに。ぼくのことを気遣って、ぼくがしてほしいことを提案してくれるから。実は大人よりも大人っぽいのかもしれへん。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...