上 下
84 / 103
四章

14、図星

しおりを挟む
 家に帰ると、ぼくと欧之丞を抱っこした父さんの周りを組の人らが囲んだ。
 長いことこの家で暮らしとう母さんは慣れとうから、すぐにさっと離れてしもた。
 うん、面倒やもんな。あの人ら。

「琥太郎と欧之丞に、えらい恥をかかせてくれたみたいやな」
「恥……ですか?」

「お帰りなさい」と言うのも忘れて、皆は顔を見合わせとう。
 家の中には明かりは灯ってるけど。庭はすでに暗くて、木々はまるで黒い墨で描いたようやった。
 洩れてくる橙色の明かりに照らされた父さんの顔は、さっきまでの楽しそうな笑顔やなかった。

 ぼくらがどれだけ困らせても、父さんはけろっとしてるのに。欧之丞がどれだけ我儘を言うても平気やのに。

「せや。息子らが二人で計画して、出かけたんやで。それやのに、ぞろぞろと後をついて。挨拶回りさせたらしいやんか」
「そ、それはカシラの御子息がいらっしゃるのに、それを皆が知らないのは、許されることではありません」
「そうか」

 父さんは小さくため息をついた。
 ぼくらをまだ下に降ろさへんのは、ちゃんと守ってくれてるからや。彼らに見下ろさせへん為やって、ぼくは気づいた。

「で? 楽しかったか? 組長の息子をつれてまわって、誇らしかったか? その御子息とやらに、えらそうに命令できて、さぞや鼻が高かったやろな」

 辺りはじっとりと温い風が吹いているのに。一瞬、父さんの周囲が凍り付いたように思えた。
 まるで雪まじりの風が吹き抜けたかのように。

「そんなに琥太郎を従えたいんやったら、俺の前でしたらええやんか」

 誰も声を発しない。
 それは、ぼくを引き連れることで夜店の人らがぺこぺこと頭を下げることが、ぼくに否と言わせないことが、快感やったからや。

 ぼくはまだ子どもやから、大人の言うことには反抗できへん。
 それが明らかに間違ってたりしたら「そんなん違う」って言えるのに。
 今回の挨拶回りは、一見したら間違いやない。礼儀的には。

 でも、その奥に父さんの近くにおることを認められてない人らの、虚栄心を満たすという欲が見える。
 父さんがおらんかったからこそ、その息子を利用した。
 ぼくと欧之丞が黙って出かけたんは、彼らにとっては格好の機会やったんや。

「あかんな。他人に利用されるようじゃ。ぼくもまだまだやな」

 ぼくは、ぽつりと呟いた。
 ふと視線を感じると、父さんが間近でぼくを見つめてる。
 うわ、近っ。目の力、つよっ。

「聞いたか。お前ら」

 父さんは視線を、周囲の組の人らに移した。
 そして静かに言うたんや。

「琥太郎は、お前らの欲に利用されたことを、よう理解しとう。五歳の子どもに見抜かれてるんやで。大人として恥ずかしいと思わへんか?」

 やっぱり辺りは静かで。静かすぎて。
 父さんの指摘は、彼らにとってあまりにも図星やったんや。

 多分、今夜のことで父さんは組の人員を減らすんやろ。
 すぐにやのうても、徐々に。

 そうか。組に入ってくる人は、その時はええ顔をしてるけど。しだいに本性を現してくるんやな。
 覚えとこ。
 日常では分からなくても、何か突発的な非日常なことが起こったら、それが浮き彫りになるんや。

 そういう時こそ、目を凝らしてちゃんと見据えなあかん。
 人も物も状況も、全部。

 あかんなぁ。欧之丞の兄ちゃんを気取ってたけど。ぼくもまだまだやなぁ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

今、夫と私の浮気相手の二人に侵されている

ヘロディア
恋愛
浮気がバレた主人公。 夫の提案で、主人公、夫、浮気相手の三人で面会することとなる。 そこで主人公は男同士の自分の取り合いを目の当たりにし、最後に男たちが選んだのは、先に主人公を絶頂に導いたものの勝ち、という道だった。 主人公は絶望的な状況で喘ぎ始め…

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...