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四章

9、疲れたから

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 ぼくらは組の人らに、家に連れ戻されそうになったけど。結局、元締めさんの主張が通った。

 ただし「三條組の跡取りである若と、挨拶にまわらせてください。それが条件です」と言われた。

 普段は、ぼくや欧之丞に関わらへん組の人らは、正直怖い。
 なんていうんやろ、父さんや元締めさんみたいに融通がきかへんねん。
 杓子定規で、ヤクザは怖そうじゃないとあかんとか、強面じゃないと舐められるとか。

 ほんまは、そういうのやないと思う……んやけど。父さんなんか、にこにこしとうし。
 
 けど今は、とてもそんなのを口に出せる雰囲気やない。

 周囲を黒い集団に囲まれて。結局ぼくは露店に挨拶まわりをさせられたんや。

「お父さまにはいつもお世話になっております」
「これ、どうかお持ちになってください」
「今後とも、よろしくお願いいたします」

 次々と頭を下げられたり、売り物を持たされたりして、訳が分からんかった。
 隣におる欧之丞は「若の弟さんですか?」と尋ねられて、ずっと首を横に振っとったし。
 なんかもう……疲れた。

 今度からは絶対に母さんに連れてきてもらうもん。

 結局、いろんな露店やら、なんか役をしてる偉い人とかに挨拶を済ませたら、ぼくも欧之丞もへとへとやった。

 組員らはもう帰っていった。後は元締めさんにぼくらを任せたみたいやけど。もう遊ぶ元気は残ってへんかった。
 ぼくと欧之丞は二人して、神社の狛犬の前にしゃがみこんでいた。

 小さい子どもはもう帰る時間みたいや。時刻は分からへんけど。夜の九時は過ぎてるんやと思う。

 欧之丞は、もう海ほおずきを鳴らすのを諦めとった。膝を抱えて地面に座ってる。
 ぼくは狛犬をぼうっと見上げとった。

 提灯の灯りは変わらへんのに。子どもが減ったせいなんか、ぼくらが疲れてしもたんか。或いは横槍が入って楽しくなくなったんか。
 あんだけ煌めいてた景色が、色褪せて見えた。

「そら、黙って出てきたぼくが悪いんやけど」

 でも、子どもってつまらへんな。せっかくの楽しい夜になるはずやったのにな。

「こたにい、つれてきてくれてありがとうな」
「え?」

 ぼくを見上げて、欧之丞がにっこりと笑う。
 なんで? 今日は失敗やん。ほんまやったら二人きりで楽しく遊ぶはずやのに。欧之丞かて疲れきっとうやん。

「計画ってうまくいかないんだな。覚えとこ」
「う、うん。えらい前向きやな」
「だって五歳になったら大人になるんだもん」

 欧之丞は決意を秘めたように、きりっと眉を上げた。
 しかもその所為なんか知らんけど、口の中の海ほおずきがようやく上手に鳴った。

 まぁ、上手いうても「ぶぅぶぅ」って音なんやけど。

「あ、鳴った。すごいぞ」
「うん。鳴ったな、よかったなぁ」
「なぁ、こたにい。帰ったら、飴食べる?」

 
 海ほおずきをぶぅぶぅ鳴らしながら、欧之丞はぼくにギンヤンマを見せてきた。

「うーん。ぼくは明日にしよかな。寝る前に眺めてたいし、ほんまの朝顔と見比べたいから」
「じゃあ、俺も」
「ええけど。ギンヤンマは庭に来ぉへんやろ」
「そっかー」

 欧之丞は自分の飴を眺めてる。もしかして、ぼくに気を遣ってくれたんやろか。
 ぼくの方がお兄ちゃんやのに。あかんなぁ。小さい子に心配かけたら。
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