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四章
4、二人だけで
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ぼくは、欧之丞を先に生垣の下をくぐらせた。
「いたい。髪がひっかかった」
「こら、声を上げたらあかんて」
「だって、いたいもん。こたにい、外して」
んもー。内緒で出てきてんのに、騒いでどうするん。「しー、静かにするんやで」と言いながら、暗い中で手さぐりで欧之丞の髪を枝から外してやる。
欧之丞が無事に外に出てしもてから、ぼくも生垣の前で膝をつく。
うわ、嫌やな。半ズボンが土で汚れそうや。
しかもふかふかしてるのに湿ってる苔に手をついてしもて。そこからバッタが跳んで出てきたんや。
「ひ……っ」
ぼくは悲鳴を飲み込んだ。もし母さんが側に居ったら抱きついとったと思う。正確には二人で抱きしめ合って、恐ろしさに震えとったと思う。
けどあかん。今日は欧之丞と二人きりやねん。
むしろ怖がる欧之丞を守ったらなあかん。
やっぱりぼくも枝に髪をひっかけながら、かろうじて表に出た。
ああ、もう。髪が乱れるなんて、みっともないやん。
しかも欧之丞みたいにまっすぐな髪やのうて、ぼくのは癖毛やから。余計にひっかかりやすいねん。
「欧之丞、どうしたん?」
髪を手で整えながら、ぼくはぼうっと立ってる欧之丞の肩に手を掛ける。何かを見つめている欧之丞の頬は、ぼんやりとした明かりに照らされとった。
「琥太兄。早くいこ」
「え、うん」
ぼくの手を引っ張って、欧之丞が走り出す。祭囃子の賑やかな音と、大勢の人のざわめきが、風に乗って聞こえてくる。
わぁ、なんでやろ。
父さんや母さんに連れてきてもらったことはあるのに。なんかわくわく感が全然違う。
夜に子どもだけで出かけとうからやろか。
神社の前の石段を上ろうとした欧之丞は、足を止めた。そして石段を指さして、ぼくを見上げてにこっと笑たんや。
それはとても愛らしい表情やった。
「俺、ここ覚えてる。琥太兄と絲おばさんに助けてもらったとこだ」
「ほんまやな。近いのに、あんまり神社には来ぉへんからな」
「ありがとう、琥太兄。見つけてくれて」
欧之丞はぼくの腕にしがみついてきた。
もー、恥ずかしいやん。くっついたら。子どもみたいって笑われるで。子どもやけど。
「ほな、行こか」
ぼくは小さい手を引いて、歩き出した。
石段は、欧之丞にはちょっと段差が大きい。せやから、ゆっくりと上るのを待ってあげたんや。
石段を上りきると、目の前には煌めく世界が広がっとった。
たくさんの提灯が吊るされて、燈籠にも灯りが入って。暗闇やのに、あっちもこっちも目が眩むくらいに明るくて。
それに食べ物の焼けるいい匂いがしてる。
お醤油の焦げる匂いとか、どんどん焼きのソースの香ばしい匂い。
もうお腹がいっぱいやから、入らへんけど。
大人になったら夜店でいろいろ買ってみたいなぁ。
今日はお小遣いを持ってきとうけど。何を買おうかなぁ。
ぼくは欧之丞の手を引いて、いろんな露店を覗いた。
だいたいどの子も、お母さんに手をつないでもろとうから。ぼくはちょっと大人気分や。
「琥太兄。これなに?」
桶の中に大きい葉っぱを敷いて、その上に黄色や赤に染まったぺろっとしたものが並べられてる。
欧之丞はそれを指さした。
「海ほおずきやで。ほおずきの代用品やねん」
夢で見た通り、やっぱり欧之丞は海ほおずきに興味を示した。
「なんや、坊ちゃん。海ほおずきを知らんのか」
夜店のおじさんが、海ほおずきを濡らしてそれを口に入れた。ぶぅぶぅという濁った音がする。
「植物のほおずきは、キュッキュッって鳴るんやけどな」
「すっごーい」
しゃがみこんだ欧之丞は、瞳をきらきらと輝かせとう。
やっぱりな。こういうの好きやもんな。
「じゃあ、ひとつください」
ぼくは巾着から小銭を出して、おじさんに渡した。
「いたい。髪がひっかかった」
「こら、声を上げたらあかんて」
「だって、いたいもん。こたにい、外して」
んもー。内緒で出てきてんのに、騒いでどうするん。「しー、静かにするんやで」と言いながら、暗い中で手さぐりで欧之丞の髪を枝から外してやる。
欧之丞が無事に外に出てしもてから、ぼくも生垣の前で膝をつく。
うわ、嫌やな。半ズボンが土で汚れそうや。
しかもふかふかしてるのに湿ってる苔に手をついてしもて。そこからバッタが跳んで出てきたんや。
「ひ……っ」
ぼくは悲鳴を飲み込んだ。もし母さんが側に居ったら抱きついとったと思う。正確には二人で抱きしめ合って、恐ろしさに震えとったと思う。
けどあかん。今日は欧之丞と二人きりやねん。
むしろ怖がる欧之丞を守ったらなあかん。
やっぱりぼくも枝に髪をひっかけながら、かろうじて表に出た。
ああ、もう。髪が乱れるなんて、みっともないやん。
しかも欧之丞みたいにまっすぐな髪やのうて、ぼくのは癖毛やから。余計にひっかかりやすいねん。
「欧之丞、どうしたん?」
髪を手で整えながら、ぼくはぼうっと立ってる欧之丞の肩に手を掛ける。何かを見つめている欧之丞の頬は、ぼんやりとした明かりに照らされとった。
「琥太兄。早くいこ」
「え、うん」
ぼくの手を引っ張って、欧之丞が走り出す。祭囃子の賑やかな音と、大勢の人のざわめきが、風に乗って聞こえてくる。
わぁ、なんでやろ。
父さんや母さんに連れてきてもらったことはあるのに。なんかわくわく感が全然違う。
夜に子どもだけで出かけとうからやろか。
神社の前の石段を上ろうとした欧之丞は、足を止めた。そして石段を指さして、ぼくを見上げてにこっと笑たんや。
それはとても愛らしい表情やった。
「俺、ここ覚えてる。琥太兄と絲おばさんに助けてもらったとこだ」
「ほんまやな。近いのに、あんまり神社には来ぉへんからな」
「ありがとう、琥太兄。見つけてくれて」
欧之丞はぼくの腕にしがみついてきた。
もー、恥ずかしいやん。くっついたら。子どもみたいって笑われるで。子どもやけど。
「ほな、行こか」
ぼくは小さい手を引いて、歩き出した。
石段は、欧之丞にはちょっと段差が大きい。せやから、ゆっくりと上るのを待ってあげたんや。
石段を上りきると、目の前には煌めく世界が広がっとった。
たくさんの提灯が吊るされて、燈籠にも灯りが入って。暗闇やのに、あっちもこっちも目が眩むくらいに明るくて。
それに食べ物の焼けるいい匂いがしてる。
お醤油の焦げる匂いとか、どんどん焼きのソースの香ばしい匂い。
もうお腹がいっぱいやから、入らへんけど。
大人になったら夜店でいろいろ買ってみたいなぁ。
今日はお小遣いを持ってきとうけど。何を買おうかなぁ。
ぼくは欧之丞の手を引いて、いろんな露店を覗いた。
だいたいどの子も、お母さんに手をつないでもろとうから。ぼくはちょっと大人気分や。
「琥太兄。これなに?」
桶の中に大きい葉っぱを敷いて、その上に黄色や赤に染まったぺろっとしたものが並べられてる。
欧之丞はそれを指さした。
「海ほおずきやで。ほおずきの代用品やねん」
夢で見た通り、やっぱり欧之丞は海ほおずきに興味を示した。
「なんや、坊ちゃん。海ほおずきを知らんのか」
夜店のおじさんが、海ほおずきを濡らしてそれを口に入れた。ぶぅぶぅという濁った音がする。
「植物のほおずきは、キュッキュッって鳴るんやけどな」
「すっごーい」
しゃがみこんだ欧之丞は、瞳をきらきらと輝かせとう。
やっぱりな。こういうの好きやもんな。
「じゃあ、ひとつください」
ぼくは巾着から小銭を出して、おじさんに渡した。
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