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四章

1、祭りの日の朝

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 朝夕は涼しい風が吹きはじめた夏の終わり。欧之丞は縁側で竹ひごで出来た虫籠に入れた鈴虫を眺めとった。
 りり、りり、と澄んだ声で啼くはずなんやけど。

 まぁ、そんなに籠に顔を近づけたら、鈴虫もびっくりするよな。

「なぁ、琥太兄。これ、全然なかない」
「欧之丞が構いすぎるんや」

 ぼくは貸本屋で借りてきた本を手に、欧之丞の隣に座った。
 緑色の薄の穂が、しゅっとまとまったまま伸びとう。もっと秋になったら、あの穂が広がるんやなぁ。

「この間、庭に来た猫にも欧之丞は嫌われたやろ?」
「……うん」
「追いかけて、抱っこするからやで」
「でも、猫って抱っこされてるし。ふつう」

 欧之丞は、ちょっとばかり口を尖らせてうつむいた。
 うん、子どもの抱っこは猫にとっては「普通」の内に入らへんと思うで。

 風に乗って遠くから、金槌か木槌を打つような音が聞こえる。
 なんやろ、家でも建ちよんやろか。
 そう思って顔を上げたら、庭に母さんがおった。

「あれは宵祭りの露店を組み立てているのね」
「宵祭りって、近所の神社の? 縁日やんな」
「ええ、そうよ」

 母さんはちょっとおめかしをして、訪問着を着とった。
 桜色にほんのわずかに灰色を混ぜたような。煙るような綺麗な色の着物やった。
 帯留めの珊瑚は深い赤で、それがよう引き立ってる。

「宵祭りって今日の夜なん? ぼく、行きたい」
「俺もっ! 絲おばさん、連れて行って」

 ぼくと欧之丞は揃って立ち上がった。
 けど母さんは「ごめんなさいね」と首を振ったんや。

「蒼一郎さんとわたしは、今日は遠野の家に行く用事があるの」

 遠野と言えば、母さんの実家や。
 父さんも一緒となると、帰りが遅くなるんやろ。

「波多野さんに連れて行ってもらえるように、お願いしてあげるわね」
「んー、波多野かぁ」

 ぼくは、さっきの欧之丞みたいに唇を尖らせた。
 だって、波多野は口うるさいんやもん。
 父さんか母さんと一緒の方が、あれこれ言われへんし。自由にさせてもらえるもん。

「やだ、絲おばさんと一緒に行く」

 欧之丞は大声を上げて、裸足のまま庭に飛び降りた。自分、ほんまに裸足が好きやな。

 母さんはしゃがみこんで、欧之丞の頭を撫でてやっている。
 困ったように眉を下げて、でも欧之丞の言うことも聞いてあげたくて、どうしたらええか分からへんみたいや。

「ええよ、母さん。ぼくが波多野に頼むからいい」
「そう? 大丈夫?」

 何度も何度も、ぼくと欧之丞に「ごめんなさいね。次は一緒にお出かけしましょうね」と繰り返している。

「大人には大人の事情があるんやで」

 ぼくは、まだむくれている欧之丞の肩に手を置いた。
 まぁ、ぼくも子どもやからよう分からんけど。

「せやから、ぼくら二人で出かけるねん」
「え? でも夜に?」
「しーっ。どっかで誰かが聞いてるかもしれへんやろ」

 欧之丞の手を引いて縁側に戻り、それから濡らした手拭いで足を拭いてやる。
 なんか犬を家に上げる時みたいやな。
 ま、欧之丞は子犬やけどな。

「で、どうやって夜に出るの」
「だから、しーって言うとうやろ。こら、足を動かさない」

 ぼくは庭やら座敷の奥の廊下へと注意を払ったけど、特に誰もおらへんようやった。

「一緒に出たら目立つやろ。せやから、別々に出るねん」
「うんうん」
「それで、神社の石段のとこで待ち合せな。誰にも見つかったらあかんねんで」
「うわー、探偵小説みたい」

 欧之丞は瞳をきらきらと輝かせた。
 けど、探偵小説ってそんなんやったっけ。
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