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三章
19、おはよう【2】
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「わたしの心配はしなくていいの。これでも娘の頃よりも、ずっと元気になったんですよ」
「うん、父さんがそう言うとった」
ぼくを生んだ時に、きっと母さんは死んでしまうと言われとったらしい。せやから二人めの子どもは無理やって、お医者さんにも言われて。そのせいで、妾を作ったらと父さんは周りから勧められたんや。
妾っていうのが何かよう分からんけど。でも父さんは、その言葉が大っ嫌いやし、母さんが傷つく言葉なんやってのは子どものぼくでも分かった。
「もし、ぼくがおらんかったら。母さんはもっと元気やったんやろか」
もしぼくが生まれてこぉへんかったら、母さんはつらい言葉を聞かされんで済んだんやろか。
せやのに、父さんは「生まれてきてくれてありがとう」なんて、ぼくに言うんや。
「琥太郎さんがいないという状況は、考えたこともないですよ」
「え?」
「あなたはね、蒼一郎さんとわたしが会いたくて会いたくてたまらない子どもだったの」
「……でも」
「お産はね、命懸けなんですよ。それが誰であっても」
指輪の蒼玉の上に朝露をそっと載せて、母さんはそれを見せてくれた。
矢車草の色っていう、すっごいきれいなすみれ色と蒼が混じったような鮮やかな色が、より鮮明になる。
「お花も宝石も、空も海も、浜辺に落ちている磨かれたガラスも、何もかも。綺麗な物がいっぱいでしょ?」
「うん」
「そういうのを琥太郎さんと一緒に見たくて。たくさん散歩をしたの。だからわたしは、昔よりも丈夫になったんですよ」
宝石に光が反射して、母さんの瞳はきらきらと輝いとった。
「琥太郎さんが生まれてくれたから、わたしは元気になれたんです」
「そうなん?」
「もちろんですよ」
それは、すっごい嬉しい言葉やった。
だって、これまでぼくのせいで母さんは弱いんやと思とったから。
「でもね、ここからが大事なの」
「大事?」
「欧之丞さんが烏瓜を食べるつもりでしょう? きっとすごい味ですよ」
「う、うん」
ぼくは神妙に頷いた。
母さんが言うには「きっと皆にも勧めてくると思うわ。けれど断るのも可哀想でしょ。だって、欧之丞さんの優しさなんですもの、覚悟して少しだけでも食べないとね」だった。
えー、いやや。ぼくは逃げるで。
さっき優しいお兄ちゃんやって褒められたばっかりやけど。卑怯もんでもええ。まずいって分かってるもんは食べたないもん。
「こたにーい」
縁側の柱に手を掛けて、欧之丞が庭に向かってぼくの名前を呼んでる。
きたっ。
「ごはん前に、いっしょにたべよー」
「な、何を?」
分かっとうけど、ぼくは怖々と答えた。欧之丞は裸足のままで(縁側の踏み石にちゃんと子ども用の草履が置いてあるのに)庭に降りて、駆けてくる。
それはもう一目散に。
「ああ、駄目ですよ。足の裏を怪我したらどうするの?」
母さんがおろおろと欧之丞を抱きとめた。
欧之丞は顔を上げて、こう言うたんや。
「絲おばさんも食べるんだよ」
あーあ、捕まってしもた。
でも母さんが覚悟するって言うとったもん。後は任せよ。
そう思て、そーっと逃げようとしたのに。
「じゃあ琥太郎さんも一緒にね」なんて、ぼくの寝間着の袖を掴んだんや。
いややー。巻き込まんといて。
ぼくは自分が可愛いんや。
「うん、父さんがそう言うとった」
ぼくを生んだ時に、きっと母さんは死んでしまうと言われとったらしい。せやから二人めの子どもは無理やって、お医者さんにも言われて。そのせいで、妾を作ったらと父さんは周りから勧められたんや。
妾っていうのが何かよう分からんけど。でも父さんは、その言葉が大っ嫌いやし、母さんが傷つく言葉なんやってのは子どものぼくでも分かった。
「もし、ぼくがおらんかったら。母さんはもっと元気やったんやろか」
もしぼくが生まれてこぉへんかったら、母さんはつらい言葉を聞かされんで済んだんやろか。
せやのに、父さんは「生まれてきてくれてありがとう」なんて、ぼくに言うんや。
「琥太郎さんがいないという状況は、考えたこともないですよ」
「え?」
「あなたはね、蒼一郎さんとわたしが会いたくて会いたくてたまらない子どもだったの」
「……でも」
「お産はね、命懸けなんですよ。それが誰であっても」
指輪の蒼玉の上に朝露をそっと載せて、母さんはそれを見せてくれた。
矢車草の色っていう、すっごいきれいなすみれ色と蒼が混じったような鮮やかな色が、より鮮明になる。
「お花も宝石も、空も海も、浜辺に落ちている磨かれたガラスも、何もかも。綺麗な物がいっぱいでしょ?」
「うん」
「そういうのを琥太郎さんと一緒に見たくて。たくさん散歩をしたの。だからわたしは、昔よりも丈夫になったんですよ」
宝石に光が反射して、母さんの瞳はきらきらと輝いとった。
「琥太郎さんが生まれてくれたから、わたしは元気になれたんです」
「そうなん?」
「もちろんですよ」
それは、すっごい嬉しい言葉やった。
だって、これまでぼくのせいで母さんは弱いんやと思とったから。
「でもね、ここからが大事なの」
「大事?」
「欧之丞さんが烏瓜を食べるつもりでしょう? きっとすごい味ですよ」
「う、うん」
ぼくは神妙に頷いた。
母さんが言うには「きっと皆にも勧めてくると思うわ。けれど断るのも可哀想でしょ。だって、欧之丞さんの優しさなんですもの、覚悟して少しだけでも食べないとね」だった。
えー、いやや。ぼくは逃げるで。
さっき優しいお兄ちゃんやって褒められたばっかりやけど。卑怯もんでもええ。まずいって分かってるもんは食べたないもん。
「こたにーい」
縁側の柱に手を掛けて、欧之丞が庭に向かってぼくの名前を呼んでる。
きたっ。
「ごはん前に、いっしょにたべよー」
「な、何を?」
分かっとうけど、ぼくは怖々と答えた。欧之丞は裸足のままで(縁側の踏み石にちゃんと子ども用の草履が置いてあるのに)庭に降りて、駆けてくる。
それはもう一目散に。
「ああ、駄目ですよ。足の裏を怪我したらどうするの?」
母さんがおろおろと欧之丞を抱きとめた。
欧之丞は顔を上げて、こう言うたんや。
「絲おばさんも食べるんだよ」
あーあ、捕まってしもた。
でも母さんが覚悟するって言うとったもん。後は任せよ。
そう思て、そーっと逃げようとしたのに。
「じゃあ琥太郎さんも一緒にね」なんて、ぼくの寝間着の袖を掴んだんや。
いややー。巻き込まんといて。
ぼくは自分が可愛いんや。
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