61 / 103
三章
12、水墨画とちがうん?【1】
しおりを挟む
結局、ぼくは父さんとお風呂に入ることになった。
「ほら、琥太郎。ちゃんと肩までつかりや」
「うん。父さんもつかってよ」
ぼくの言葉に、父さんはにやにやしている。
「なんや琥太郎。俺の背中の彫り物が怖いんか」
「別に怖ないもん。けど、背中に絵を描くとかおかしいもん」
嘘や。ほんまは怖かった。
だって父さんの背中に黒の濃淡で書かれとんのは鬼みたいな形相の、なんか恐ろしいのやったから。
どうせやったらもっと可愛い柄にしたらええのに。
猫とか? そうや子猫やったら可愛いわ。
「琥太郎。もしかして勘違いしとう?」
「え?」
「これは背中に絵を描いたんと違うで」
父さんはくるっと後ろを向いて、ぼくに黒鬼みたいな怖い絵を見せてくる。
熱い時季やから、お風呂の窓は開いたままや。
湯気が夜風で流れて、父さんの背中がよう見える。
大きい背中を水滴が流れていって、なんか鬼が汗をかいとうみたいに見えた。
「水墨画っていうのんと違うん?」
波多野の背中のは、けばけばしい色が塗ってあるし。組員によっては腕の辺りまで、なんか妙な青色とか櫻とか描いてあるけど?
あ、でも鯉の絵が背中に描いてあるのは、気持ち悪いから勘弁してほしいなぁ。
「水墨画なんか、湯につけたら滲んで消えるやろ」
確かにそうやなぁ。父さんの絵は、お風呂に入ってもそのままや。
「これはな鑿の先に針を束ねて、それを皮膚に刺して表皮の下に色を埋め込んでいくんやで」
え? 皮膚って肌のことやんな。
肌の上に描いとんと違て、肌の下に針で色を入れていくって、父さん言うた?
ぼくは恐る恐る父さんの背中に手をのばした。
どんなに擦っても、黒い色はとれへんし。模様も崩れへん。
「い、痛ないん?」
「まぁ、琥太郎やから言うけど。痛いで、そら。背中一面に順番に針を刺していくわけやから」
ひぃ、と短い悲鳴がでてしもた。
「あのー、ちょっとお尋ねしますが」
恐る恐る発したぼくの言葉に、父さんは目を丸くした。それから盛大に噴き出したんや。
「なんや、なんや。そないな大人みたいな言葉使て」
がしがしと大きな手で、頭を撫でられる。まだ髪も洗てへんのに、もう毛先から水が滴ってきた。
それが目に入りそうで、きゅっと瞼を閉じる
「で? 何を尋ねたいん? 父さんにだけ内緒で訊きたいなら、今の内やで」
「う、うん」
「じゃあ、誰にも聞こえんように耳を寄せたろ」
お風呂にはぼくと父さんだけと言っても、窓は開いとうから、声が外に流れるかもしれへん。
さすがに夜やから、裏庭に人がおるとも思われへんけど。
「あのな、ぼくもそれせなあかんの?」
「それって、刺青のことか?」
「うん」
父さんも波多野も森内も、みんなが当たり前に背中に絵を描いとうから、ぼくも大人になったらせなあかんのかなぁ。
いややなぁ。痛いんは。背中に針の束を刺していくとか、狂気でしかないわ。
「うーん。どうしてもせなあかんこともないで」
「ほんまに?」
自分では気ぃつかんかったけど。どうやらぼくは明るい笑顔を浮かべたみたいや。
「ほら、琥太郎。ちゃんと肩までつかりや」
「うん。父さんもつかってよ」
ぼくの言葉に、父さんはにやにやしている。
「なんや琥太郎。俺の背中の彫り物が怖いんか」
「別に怖ないもん。けど、背中に絵を描くとかおかしいもん」
嘘や。ほんまは怖かった。
だって父さんの背中に黒の濃淡で書かれとんのは鬼みたいな形相の、なんか恐ろしいのやったから。
どうせやったらもっと可愛い柄にしたらええのに。
猫とか? そうや子猫やったら可愛いわ。
「琥太郎。もしかして勘違いしとう?」
「え?」
「これは背中に絵を描いたんと違うで」
父さんはくるっと後ろを向いて、ぼくに黒鬼みたいな怖い絵を見せてくる。
熱い時季やから、お風呂の窓は開いたままや。
湯気が夜風で流れて、父さんの背中がよう見える。
大きい背中を水滴が流れていって、なんか鬼が汗をかいとうみたいに見えた。
「水墨画っていうのんと違うん?」
波多野の背中のは、けばけばしい色が塗ってあるし。組員によっては腕の辺りまで、なんか妙な青色とか櫻とか描いてあるけど?
あ、でも鯉の絵が背中に描いてあるのは、気持ち悪いから勘弁してほしいなぁ。
「水墨画なんか、湯につけたら滲んで消えるやろ」
確かにそうやなぁ。父さんの絵は、お風呂に入ってもそのままや。
「これはな鑿の先に針を束ねて、それを皮膚に刺して表皮の下に色を埋め込んでいくんやで」
え? 皮膚って肌のことやんな。
肌の上に描いとんと違て、肌の下に針で色を入れていくって、父さん言うた?
ぼくは恐る恐る父さんの背中に手をのばした。
どんなに擦っても、黒い色はとれへんし。模様も崩れへん。
「い、痛ないん?」
「まぁ、琥太郎やから言うけど。痛いで、そら。背中一面に順番に針を刺していくわけやから」
ひぃ、と短い悲鳴がでてしもた。
「あのー、ちょっとお尋ねしますが」
恐る恐る発したぼくの言葉に、父さんは目を丸くした。それから盛大に噴き出したんや。
「なんや、なんや。そないな大人みたいな言葉使て」
がしがしと大きな手で、頭を撫でられる。まだ髪も洗てへんのに、もう毛先から水が滴ってきた。
それが目に入りそうで、きゅっと瞼を閉じる
「で? 何を尋ねたいん? 父さんにだけ内緒で訊きたいなら、今の内やで」
「う、うん」
「じゃあ、誰にも聞こえんように耳を寄せたろ」
お風呂にはぼくと父さんだけと言っても、窓は開いとうから、声が外に流れるかもしれへん。
さすがに夜やから、裏庭に人がおるとも思われへんけど。
「あのな、ぼくもそれせなあかんの?」
「それって、刺青のことか?」
「うん」
父さんも波多野も森内も、みんなが当たり前に背中に絵を描いとうから、ぼくも大人になったらせなあかんのかなぁ。
いややなぁ。痛いんは。背中に針の束を刺していくとか、狂気でしかないわ。
「うーん。どうしてもせなあかんこともないで」
「ほんまに?」
自分では気ぃつかんかったけど。どうやらぼくは明るい笑顔を浮かべたみたいや。
0
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サドガシマ作戦、2025年初冬、ロシア共和国は突如として佐渡ヶ島に侵攻した。
セキトネリ
ライト文芸
2025年初冬、ウクライナ戦役が膠着状態の中、ロシア連邦東部軍管区(旧極東軍管区)は突如北海道北部と佐渡ヶ島に侵攻。総責任者は東部軍管区ジトコ大将だった。北海道はダミーで狙いは佐渡ヶ島のガメラレーダーであった。これは中国の南西諸島侵攻と台湾侵攻を援助するための密約のためだった。同時に北朝鮮は38度線を越え、ソウルを占拠した。在韓米軍に対しては戦術核の電磁パルス攻撃で米軍を朝鮮半島から駆逐、日本に退避させた。
その中、欧州ロシアに対して、東部軍管区ジトコ大将はロシア連邦からの離脱を決断、中央軍管区と図ってオビ川以東の領土を東ロシア共和国として独立を宣言、日本との相互安保条約を結んだ。
佐渡ヶ島侵攻(通称サドガシマ作戦、Operation Sadogashima)の副指揮官はジトコ大将の娘エレーナ少佐だ。エレーナ少佐率いる東ロシア共和国軍女性部隊二千人は、北朝鮮のホバークラフトによる上陸作戦を陸自水陸機動団と阻止する。
※このシリーズはカクヨム版「サドガシマ作戦(https://kakuyomu.jp/works/16818093092605918428)」と重複しています。ただし、カクヨムではできない説明用の軍事地図、武器詳細はこちらで掲載しております。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる