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三章
12、水墨画とちがうん?【1】
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結局、ぼくは父さんとお風呂に入ることになった。
「ほら、琥太郎。ちゃんと肩までつかりや」
「うん。父さんもつかってよ」
ぼくの言葉に、父さんはにやにやしている。
「なんや琥太郎。俺の背中の彫り物が怖いんか」
「別に怖ないもん。けど、背中に絵を描くとかおかしいもん」
嘘や。ほんまは怖かった。
だって父さんの背中に黒の濃淡で書かれとんのは鬼みたいな形相の、なんか恐ろしいのやったから。
どうせやったらもっと可愛い柄にしたらええのに。
猫とか? そうや子猫やったら可愛いわ。
「琥太郎。もしかして勘違いしとう?」
「え?」
「これは背中に絵を描いたんと違うで」
父さんはくるっと後ろを向いて、ぼくに黒鬼みたいな怖い絵を見せてくる。
熱い時季やから、お風呂の窓は開いたままや。
湯気が夜風で流れて、父さんの背中がよう見える。
大きい背中を水滴が流れていって、なんか鬼が汗をかいとうみたいに見えた。
「水墨画っていうのんと違うん?」
波多野の背中のは、けばけばしい色が塗ってあるし。組員によっては腕の辺りまで、なんか妙な青色とか櫻とか描いてあるけど?
あ、でも鯉の絵が背中に描いてあるのは、気持ち悪いから勘弁してほしいなぁ。
「水墨画なんか、湯につけたら滲んで消えるやろ」
確かにそうやなぁ。父さんの絵は、お風呂に入ってもそのままや。
「これはな鑿の先に針を束ねて、それを皮膚に刺して表皮の下に色を埋め込んでいくんやで」
え? 皮膚って肌のことやんな。
肌の上に描いとんと違て、肌の下に針で色を入れていくって、父さん言うた?
ぼくは恐る恐る父さんの背中に手をのばした。
どんなに擦っても、黒い色はとれへんし。模様も崩れへん。
「い、痛ないん?」
「まぁ、琥太郎やから言うけど。痛いで、そら。背中一面に順番に針を刺していくわけやから」
ひぃ、と短い悲鳴がでてしもた。
「あのー、ちょっとお尋ねしますが」
恐る恐る発したぼくの言葉に、父さんは目を丸くした。それから盛大に噴き出したんや。
「なんや、なんや。そないな大人みたいな言葉使て」
がしがしと大きな手で、頭を撫でられる。まだ髪も洗てへんのに、もう毛先から水が滴ってきた。
それが目に入りそうで、きゅっと瞼を閉じる
「で? 何を尋ねたいん? 父さんにだけ内緒で訊きたいなら、今の内やで」
「う、うん」
「じゃあ、誰にも聞こえんように耳を寄せたろ」
お風呂にはぼくと父さんだけと言っても、窓は開いとうから、声が外に流れるかもしれへん。
さすがに夜やから、裏庭に人がおるとも思われへんけど。
「あのな、ぼくもそれせなあかんの?」
「それって、刺青のことか?」
「うん」
父さんも波多野も森内も、みんなが当たり前に背中に絵を描いとうから、ぼくも大人になったらせなあかんのかなぁ。
いややなぁ。痛いんは。背中に針の束を刺していくとか、狂気でしかないわ。
「うーん。どうしてもせなあかんこともないで」
「ほんまに?」
自分では気ぃつかんかったけど。どうやらぼくは明るい笑顔を浮かべたみたいや。
「ほら、琥太郎。ちゃんと肩までつかりや」
「うん。父さんもつかってよ」
ぼくの言葉に、父さんはにやにやしている。
「なんや琥太郎。俺の背中の彫り物が怖いんか」
「別に怖ないもん。けど、背中に絵を描くとかおかしいもん」
嘘や。ほんまは怖かった。
だって父さんの背中に黒の濃淡で書かれとんのは鬼みたいな形相の、なんか恐ろしいのやったから。
どうせやったらもっと可愛い柄にしたらええのに。
猫とか? そうや子猫やったら可愛いわ。
「琥太郎。もしかして勘違いしとう?」
「え?」
「これは背中に絵を描いたんと違うで」
父さんはくるっと後ろを向いて、ぼくに黒鬼みたいな怖い絵を見せてくる。
熱い時季やから、お風呂の窓は開いたままや。
湯気が夜風で流れて、父さんの背中がよう見える。
大きい背中を水滴が流れていって、なんか鬼が汗をかいとうみたいに見えた。
「水墨画っていうのんと違うん?」
波多野の背中のは、けばけばしい色が塗ってあるし。組員によっては腕の辺りまで、なんか妙な青色とか櫻とか描いてあるけど?
あ、でも鯉の絵が背中に描いてあるのは、気持ち悪いから勘弁してほしいなぁ。
「水墨画なんか、湯につけたら滲んで消えるやろ」
確かにそうやなぁ。父さんの絵は、お風呂に入ってもそのままや。
「これはな鑿の先に針を束ねて、それを皮膚に刺して表皮の下に色を埋め込んでいくんやで」
え? 皮膚って肌のことやんな。
肌の上に描いとんと違て、肌の下に針で色を入れていくって、父さん言うた?
ぼくは恐る恐る父さんの背中に手をのばした。
どんなに擦っても、黒い色はとれへんし。模様も崩れへん。
「い、痛ないん?」
「まぁ、琥太郎やから言うけど。痛いで、そら。背中一面に順番に針を刺していくわけやから」
ひぃ、と短い悲鳴がでてしもた。
「あのー、ちょっとお尋ねしますが」
恐る恐る発したぼくの言葉に、父さんは目を丸くした。それから盛大に噴き出したんや。
「なんや、なんや。そないな大人みたいな言葉使て」
がしがしと大きな手で、頭を撫でられる。まだ髪も洗てへんのに、もう毛先から水が滴ってきた。
それが目に入りそうで、きゅっと瞼を閉じる
「で? 何を尋ねたいん? 父さんにだけ内緒で訊きたいなら、今の内やで」
「う、うん」
「じゃあ、誰にも聞こえんように耳を寄せたろ」
お風呂にはぼくと父さんだけと言っても、窓は開いとうから、声が外に流れるかもしれへん。
さすがに夜やから、裏庭に人がおるとも思われへんけど。
「あのな、ぼくもそれせなあかんの?」
「それって、刺青のことか?」
「うん」
父さんも波多野も森内も、みんなが当たり前に背中に絵を描いとうから、ぼくも大人になったらせなあかんのかなぁ。
いややなぁ。痛いんは。背中に針の束を刺していくとか、狂気でしかないわ。
「うーん。どうしてもせなあかんこともないで」
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