琥太郎と欧之丞・一年早く生まれたからお兄ちゃんとか照れるやん

真風月花

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三章

7、夕暮れの追跡【1】

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 結局、その日の夕方に父さんと欧之丞は二人で出かけた。

「ちょっと散歩して来るわ」
「いってきまーす」

 元気よく二人で手をつないで出ていく。
 いつもやったら、ぼくを誘うのに。おかしい、おかしすぎる。

 門を出ていく二人の背中を、ぼくは玄関の三和土たたきに降りてじーっと見据えとった。

「どうしたの? 琥太郎さん。靴下が汚れるわ」
「え? うわ、ほんまや」

 母さんに上がり框から声を掛けられて、初めて靴やら草履をはいてないことに気づいた。

「なぁ、母さん。欧之丞、どこに行ったん?」
「お散歩だって聞きましたよ。すぐに戻ってくるらしいわ」
「ぼく、誘われへんかった」

 子どもっぽいけど、口を尖らせるのをがまんできんかった。
 だって欧之丞は、いっつもなんでもぼくに一番に相談するのに。
 なんで今回は、なんにも言うてくれへんの?

 玄関に飾られた百合の甘い匂いが、満ちている。派手な橙色に黒っぽい斑点がついてる鬼百合や。
 夕方になって湿っぽくなったんか、なんか息苦しくなるくらい、匂いが濃い。

「琥太郎さん、一緒に行きたかったの?」

 当たり前やん。
 一緒やのうても、ちゃんと教えてほしかったんや。

 でも、そんなまっすぐな質問を投げられたら、どう答えたらええか分からへん。
 母さんは上がり框で正座して、ぼくの返事を待ってる。

「……行きたかった」

 ぼくは両手の拳を、きゅっと握りしめた。

 そうや。ぼくも仲間に入れてほしかったんや。せっかくうちに帰ってきた欧之丞を父さんに取られたみたいで……面白なかったんや。
 不思議と、欧之丞に父さんを取られたとは思わんかった。

 たぶん、ぼくは自立した大人っぽい子ぉやから。
 父さんに、べたべた甘えたりせぇへんねん。むしろ父さんの方がぼくに甘えとうもん。

「じゃあ、一緒に行ってみる?」
「え、でも。欧之丞にばれるで。なんか、ぼくと母さんが反対するから教えへんって言うとったもん」

 母さんは自分のあごに指を当てて、そしてぼくの方へ身を乗り出した。

「琥太郎さんは真面目ねぇ。ばれないように追いかけるんですよ。そう、尾行するの」
「びこう?」
「最近ね。わたし、推理小説を読んでいるのよ。探偵が、犯人にばれないように後をつけていくんです。どう? 琥太郎さんならできるでしょう?」

「できるっ!」

 ぼくは、自分でもびっくりするくらい大きな声を上げた。広い玄関にぼくの声が響いて、組の人間が見に来たくらいや。

◇◇◇

 ぼくと母さんが門から出ようとした時。波多野が「心配ですから、私もついていきます」と言い始めた。

「大丈夫ですよ。蒼一郎さん達の後を追うだけですから」
「けど、そろそろ暗なります。夏至の頃と違って、夜が長なり始めてますから」

 母さんがいくら「平気ですよ」と言っても、波多野は聞かへん。
 まぁ、そうやろな。
 この間、虫捕りの為に夕暮れに森に出かけた時も、迎えに来た母さんが一人やったことに、父さんはえらい心配しとったもんな。

「ええと思うよ。波多野が来ても」
「でも、琥太郎さん。わたし達は尾行するんですよ。お伴をつれた尾行なんて、読んだことがありません」

 あ、そっち?
 でも、子どものぼくから見ても母さんは探偵には向いてへんと思うんやけど。

「でしたら、私は絲お嬢さんと琥太郎坊ちゃんから距離を置いてついていきますから」

 波多野の提案に、母さんは「仕方ありませんね」とうなずいた。
 なんか尾行の尾行みたいや。
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