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三章

6、内緒

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 朝夕涼しくなってきたこの頃、なんかしらんけど欧之丞がそわそわしとう。
 母さんとぼくと欧之丞の三人で一緒に散歩に行ったら、急に立ち止まったりするし。

「どないしたん」と尋ねても「んーん。べつに」と返ってくる。
 しかも散歩を終えて家に戻ると、ごそごそと箒とか木刀とかを探してる。

「こんなん何にするんですか? 欧之丞坊ちゃんにはまだ早いですよ」

 木刀を持つ欧之丞に声をかけて来たのは波多野やった。
 家事が終わったんか、今は衿ぐりにフリルのついた割烹着は着てない。
 着流しで黙っとったらちょっと怖い見た目や。

「ちょっと……」

 言葉を濁して答える欧之丞は、木刀が重いんかよろよろしとう。
 ぼくは縁側に座って、庭をよろよろー、ひょろひょろーと左右に歩く欧之丞を眺めとった。
 ほんまに何がしたいんやろ。

「もしかして武芸を覚えたいんですか? ええ、ええ。この波多野に任せてください。いくらでもお教えしますから」

 いや、多分それはないな。
 
「俺、取りたいものがあるんだ。でも、手が届かなくて」
「なんですか? この波多野が取ってあげますよ。屋根の上とか?」
「ううん。ちがう」

 欧之丞は首を振った。別に球遊びをしたわけでもないし、凧揚げしたわけでもないし。屋根は関係ないよな。

 いったい何を取りたいんやろ? そう考えとったら、庭の砂利を踏む足音が聞こえた。
 庭におった組員が、波多野も含めて一斉に頭を下げる。
 父さんや。

「ん? どないしたんや、欧之丞。木刀なんか持って。まだ早いやろ」
「……うん」

 珍しく言葉を濁す欧之丞を、父さんはじーっと見据えた。

「なんか、取りたいもんがあるらしいですよ。手が届かへんみたいです」
「ほーぉ」

 父さんは地面にしゃがみこんで、欧之丞の口許に耳を添えた。とくにそれ以上は尋ねへんかったけど、欧之丞は背伸びをして父さんに何かを話している。

 なんやろ。ぼくは気になって縁側から身を乗り出した……結果、庭に落ちそうになった。
 危ない、危ない。

 欧之丞の話を聞いた父さんは、立ち上がって腕を組んで。そして首を傾げた。

「どうしてもって言うんやったら。手ぇ貸したるけど」
「うんっ。どーしても」
「……琥太郎や絲さんには話したんか?」

 欧之丞は「んーん」と首を振る。
 え、なに? ぼくには内緒のこと? 

「だってこたにいも、絲おばさんもはんたいするもん」
「まぁ、確かにな」
「けど、男には引いたらだめなこともあるんだ」
「おぉ。ええこと言うやんか。感動したわ」

 父さんと欧之丞二人だけで、勝手に話が進んでる。ぼくが反対するかどうかなんて、尋ねてみな分からへんやろ。
 思い込みで判断せんといてぇや。

 はっ。もしかしたら、欧之丞がこの家を出ていきたがってるとか?
 いやいや、それはないな。
 つい最近、帰ってきたとこやん。

 じゃあ、ヤクザになりたいとか? うーん。ぼくは別に反対せぇへんで。
 他に思い当たることは。
 ぼくは腕を組んで唸った。

 もしかしたら……ぼくと部屋を別々にしてほしいと思てんのやろか。
 でも、最近は前ほど寝相は悪ないもん。
 確かに時々、欧之丞の掛け布団を奪ってることもあるし。
 なんでかしらんけど、布団で寝てたはずやのに朝起きたら縁側におったこともある。

 いや、でもそれなら、ぼくにちゃんと言うやろ。
 あかん。気になる。

「琥太郎坊ちゃん。落っこちますよ」
「え?」

 いつの間にか波多野が縁側の近くまで来とった。
 
「なぁ、欧之丞は何がしたいん?」
「さぁ。私にも聞こえませんでしたから」

 そうか。あんなに近くにいた波多野にも聞こえへんのやったら、しゃあないな。

「気になりますか?」
「べつにー」
「また、そんな強がって。仲間外れにされたみたいで、寂しいんでしょ」

 もーぉ、波多野はうるさい。
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