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三章
5、ただいま、蒼一郎おじさん ※欧之丞視点
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ひさしぶりに俺は、こたにいの家に帰ってきた。
懐かしい門から中に入ろうとしたら「なんや、このガキ」と見たことのない門番に止められた。
顔にきずがあって、なんかこわい。
こたにいが、俺を背中にかばってくれて。絲おばさんが抱きしめてくれて。そしたらその男が「へ?」っていうような顔をした。
「こら、新入り。お前、何をしとんねん。えらい大きい声なんか出して」
玄関の方からあわてた様子で、蒼一郎おじさんがやってくる。
「いや、でも組長……どっかのガキが坊ちゃんと一緒に入り込もうとしたから」
「どっかのガキ?」
蒼一郎おじさんの顔が、すっごい不機嫌そうになる。
横顔しか見えないけど、するどくてカミソリみたいな目つきだ。
門番の男は、まるでかたまってしまったかのように動かなくなった。
「二度とこの子のことを『ガキ』とか言うなよ」
「け、けど」
「欧之丞は、うちの子や」
「じゃあ……妾の子ぉとか」
その問いに、蒼一郎おじさんは返事をしなかった。
めかけ、ってなんだろう。しらない言葉だけど。きっとよくない言葉なんだ。
だって蒼一郎おじさんは、もう門番に返事もしなかったから。
それからおじさんは、俺の方を向いて両腕を広げたんだ。しかも庭にしゃがみこんで。
「お帰り、欧之丞。よう帰ってきたな」
「ただいま。蒼一郎おじさんっ」
俺は駆けだして、蒼一郎おじさんの胸に飛び込んだ。
たくましくって、がっしりしてて。こたにいや絲おばさんにだっこしてもらうのとは、全然ちがう。
「んー。待っとったで。まさか今日帰ってくるとは思わんかったわ」
「絲おばさんとこたにいが、むかえにきてくれた」
「ああ、二人とも待ちきれんかったんやろな」
うわーっ、やっぱりほっぺたすりすりされた。俺、ネコとちがうのに。
ん? でもふだんほど痛くないぞ。朝だから? よく分からないけど。
俺は手をのばして、蒼一郎おじさんのほっぺたにさわった。
「なんや、欧之丞。くすぐったいやん。けどな、絲さんの方がほっぺたは触り心地がええで」
「んー。またこんど」
「琥太郎のも、柔らかいんやで」
もしかしておじさんは、ほっぺたさわるの大好きなのかな。
こたにいが「ちょっと、父さん。ぼくの知らんあいだに触らんといてよ」と口をとがらせてる。
高瀬の家にもどってた時は、すっごい静かで。つねにお線香のにおいがこもっていた。
へいの外から、子どもの声が聞こえたり。母親とたのしそうにしゃべる声も聞こえた。
それをうらやましいとは思わなかった。
時がとまったみたいなえんがわで、俺はひざをかかえて庭をながめていた。
大きなヤツデの葉からアオガエルがとんだり。赤くて小さいぐみの実を、鳥がつつきにきたり。
そんなのばっかりを見ていた。
ふしぎだったのは、ヤツデもぐみもアオガエルも名前を知らなかったのに。今は知ってることだった。
そっか、こたにいに教えてもらったんだ。
お清はいそがしそうだし、家に来るお坊さんのお経は長くてむずかしいし。蒼一郎おじさんとか、めったに会わないしんせきのおじさんとか……それに俺が覚えてるのとはちがって、しょぼくれた感じになった父さんが話し合ってるのはむずかしくて分からないし。
なにもすることがない毎日だったけど。
それでも庭の木や虫を見て、こたにいに教えてもらった名前を思い出してたら、一人でもいがいとたいくつじゃなかった。
懐かしい門から中に入ろうとしたら「なんや、このガキ」と見たことのない門番に止められた。
顔にきずがあって、なんかこわい。
こたにいが、俺を背中にかばってくれて。絲おばさんが抱きしめてくれて。そしたらその男が「へ?」っていうような顔をした。
「こら、新入り。お前、何をしとんねん。えらい大きい声なんか出して」
玄関の方からあわてた様子で、蒼一郎おじさんがやってくる。
「いや、でも組長……どっかのガキが坊ちゃんと一緒に入り込もうとしたから」
「どっかのガキ?」
蒼一郎おじさんの顔が、すっごい不機嫌そうになる。
横顔しか見えないけど、するどくてカミソリみたいな目つきだ。
門番の男は、まるでかたまってしまったかのように動かなくなった。
「二度とこの子のことを『ガキ』とか言うなよ」
「け、けど」
「欧之丞は、うちの子や」
「じゃあ……妾の子ぉとか」
その問いに、蒼一郎おじさんは返事をしなかった。
めかけ、ってなんだろう。しらない言葉だけど。きっとよくない言葉なんだ。
だって蒼一郎おじさんは、もう門番に返事もしなかったから。
それからおじさんは、俺の方を向いて両腕を広げたんだ。しかも庭にしゃがみこんで。
「お帰り、欧之丞。よう帰ってきたな」
「ただいま。蒼一郎おじさんっ」
俺は駆けだして、蒼一郎おじさんの胸に飛び込んだ。
たくましくって、がっしりしてて。こたにいや絲おばさんにだっこしてもらうのとは、全然ちがう。
「んー。待っとったで。まさか今日帰ってくるとは思わんかったわ」
「絲おばさんとこたにいが、むかえにきてくれた」
「ああ、二人とも待ちきれんかったんやろな」
うわーっ、やっぱりほっぺたすりすりされた。俺、ネコとちがうのに。
ん? でもふだんほど痛くないぞ。朝だから? よく分からないけど。
俺は手をのばして、蒼一郎おじさんのほっぺたにさわった。
「なんや、欧之丞。くすぐったいやん。けどな、絲さんの方がほっぺたは触り心地がええで」
「んー。またこんど」
「琥太郎のも、柔らかいんやで」
もしかしておじさんは、ほっぺたさわるの大好きなのかな。
こたにいが「ちょっと、父さん。ぼくの知らんあいだに触らんといてよ」と口をとがらせてる。
高瀬の家にもどってた時は、すっごい静かで。つねにお線香のにおいがこもっていた。
へいの外から、子どもの声が聞こえたり。母親とたのしそうにしゃべる声も聞こえた。
それをうらやましいとは思わなかった。
時がとまったみたいなえんがわで、俺はひざをかかえて庭をながめていた。
大きなヤツデの葉からアオガエルがとんだり。赤くて小さいぐみの実を、鳥がつつきにきたり。
そんなのばっかりを見ていた。
ふしぎだったのは、ヤツデもぐみもアオガエルも名前を知らなかったのに。今は知ってることだった。
そっか、こたにいに教えてもらったんだ。
お清はいそがしそうだし、家に来るお坊さんのお経は長くてむずかしいし。蒼一郎おじさんとか、めったに会わないしんせきのおじさんとか……それに俺が覚えてるのとはちがって、しょぼくれた感じになった父さんが話し合ってるのはむずかしくて分からないし。
なにもすることがない毎日だったけど。
それでも庭の木や虫を見て、こたにいに教えてもらった名前を思い出してたら、一人でもいがいとたいくつじゃなかった。
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