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三章

4、一緒に帰ろか【2】

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「カニっ。カニがいるぞ。こたにい」

 砂浜にしゃがみこんだ欧之丞に手招きされて、ぼくは少し後ろに下がった。
 けど、ぼくの背中を母さんが手で押さえたんや。

「こーら、琥太郎さん。逃げないのよ」
「けど……カニやで。怖いやん」

 足がいっぱいあって、しかも長くてのっそりと横に歩くんやで。見た目は怪物みたいやし。あんなん最初に食べようと思ったん、誰や。
 ゆでて、お皿にのっとったらぼくは平気やけど。

「んー」と、母さんは小首をかしげる。

「琥太郎さんが思っているような、大きな蟹じゃないわ。ほら、松葉蟹とかいう……あれは瀬戸内の蟹ではないもの」
「じゃあ、きっとぽってりとしたワタリガニなんや」

 ぼくは足を突っ張って、欧之丞の方へ行くんを拒んだけど。いうても、砂浜や。ずりずりと母さんに押されてしまう。

「琥太郎さんは圖鑑や本で得た知識は豊富なんですけど。実体験が少ないのよね」
「ええもん。圖鑑で分かるもん」

 ぼくにしては珍しく、母さんに反抗した。
 だってほんまに怖いやん。でかい蟹。

「こたにいー。ほら」

 もたもたしとったら、あろうことか欧之丞が蟹を掴んでこっちに走ってきた。
 蟹……えっ? 欧之丞の小さい親指と人差し指で挟めるくらいなんやけど。
 めっちゃ小さいやん。

「母さん、怖くないん?」
「ちゃんと正体が分かっていれば、問題ないですよ。ええ、この間はびっくりしただけなの」

 つんとあごを上げる母さん。
 ははーん。ヤドカリに驚いて気ぃ失ったんが、相当尾を引いてるみたい。

「こたにい、これなに?」
「え? ちょっと待って。思い出すから」

 ぼくは、魚や蟹とかの海洋生物が書かれてる圖鑑を思い出した。

「なんやろ。イワガニやないし、けどイソガニにしては、色が変やし」

 うーんと唸ってると、欧之丞がじれったそうにぼくを見上げてきた。
 あかん、失望される。こたにいは虫も蟹も知らないんだって思われる。

 その時、母さんがとんとんとぼくの肩をつついた。

「イソガニにしては、少し黄色っぽいのね。いろんな色の甲羅があるのね」

 あ、そうや。

「それ、ヒライソガニやで。イソガニによう似てるねん」
「すごいなー、さすがはこたにいだ」

 欧之丞に羨望の眼差しを向けられるんは、悪くない。というか、かなりいい。
 しばらくヒライソガニを眺めとった欧之丞は「返してくるー」と言うて、波打ち際に走っていった。砂を蹴り上げながら。

 柔らかな日陰……日傘の陰の下でぼくは母さんに寄り添った。

「ありがとう、母さん」
「あら、何のことかしら」

 知らんふりしても、分かるねん。ぼくが気づくように、ほのめかしてくれたやん。母さんの助言があったから、ぼくは蟹の種類が分かってん。

「母さん、カニのこと詳しいん?」
「まぁ、貝や蟹は少しは知っているわ」

 母さんは妙な形のカメノテや、岩にへばりついとうマツバガイっていうのを教えてくれた。
 この砂浜は岩場や磯がないから、そういうのはおらへんらしいけど。

「なんでそんなに詳しいん? 母さんが磯遊びするようには見えへんねんけど」
「え、ええ。そうね。岩場は危ないからって行くのを止められていたわ」

 妙に言葉を濁すから、ぼくは「なんでなん?」と追及した。
 母さんは押しに弱いねん。
 そしたら、母さんはしゃがみこんでぼくに耳打ちしたんや。

「お味噌汁の具になるの。貝とか小さい蟹は。欧之丞さんには内緒よ」
「あっ」
「お味噌汁の色が、ちょっと緑っぽくなるのが……あれなんですけど」

 あのカニ、母さんは食べたことがあるんや。
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