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二章

27、線香花火【3】

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「散り菊はなぁ、難しいんや」

「見とき」と言うて、父さんは自分でも線香花火に火を点けた。
 華やいだ松葉の部分が終わったら。ふるふると震えるように火の玉がこよりの先で震えとう。

「動いたらあかんのやろ?」
「しーっ。琥太郎、静かに。集中やで」

 父さんの神妙な顔が、蝋燭の灯りに照らされとう。
 ぼくらとか母さんにはほんまに優しい父さんで、すぐに人をからかうけど頼りがいがあって、よう笑っとうのに。
 父さんにはぼくらの知らん顔があって、この家では絶対に見せへん。

「柳が終わったで。こっからや」

 父さんは微動だにせずに、線香花火に注目する。
 ちり、ちりっと幽かな音を立てて、闇に消え入りそうな仄かな光の線が走る。
 ああ、秋の終わりの菊みたいやなぁ。

「俺、蒼一郎おじさんみたいになりたいなぁ」

 目を細めて散り菊を眺めながら、ぽつりと欧之丞が呟いた。

「ん? なんや俺の跡を継ぐ気になったか? 欧之丞やったら大歓迎やで」
「んーん。線香花火がうまくなりたい」
「なんや、そっちか」

 力なく笑いながらも父さんは「気が変わったら、いつでも言いや。もう欧之丞は、琥太郎と一緒でうちの子やからな」と言った。

 ほんまに欧之丞が、いつまでもうちの子やったらええのに。
 おんなじ學校に行って。一年、ぼくの方が先やけど。
 それで、今と一緒で縁側で本を読んだり……虫捕りはごめんやけど。そういう毎日を過ごせたらええのに。

 大人になったら、離れ離れになるんかな。もう縁側で欧之丞と圖鑑を見ることも、浜辺で貝を拾うこともなくなるんかな。

 バケツに張った水に燃え残りの線香花火をつける。
 蝋燭を消したのに妙に明るいと思たら、空にまるい月が浮かんどった。

 ぼくら、どんな大人になるんやろ。
 ぼくは多分、父さんの跡を継ぐんやろけど。ほんまは学者になりたい。
 欧之丞はどうするんやろ。
 どっかの会社でまじめに働くんやろか。それともお堅い役人になるんやろか。
……想像できへん。
 だって、あんな泣き虫なんやで。ちょっと叱られたら「びーっ」って泣くんとちゃうやろか。

「どうしたんだ? こたにい、じーっと見て」
「ん? 何でもあらへんで」

 あかん、あかん。ばれるとこやった。

 ぼくはあわてて欧之丞から目をそらした。

 お風呂に入った後に線香花火をしたもんやから、石鹸で手を洗っても、ずっと花火のにおいが残っとった。

 布団を並べて、欧之丞と一緒に寝ていても。瞼を閉じたら、きれいな橙色の火花が見える。
 まだ夏は終わりやないのに。線香花火は、もう夏が終わったかのように思わせる。

 こんなに遊んだ夏は初めてやもん。
 まだまだ欧之丞と遊びたいやん。
 
「こんどは、ちゃんとできるから」

 天井を眺めとった欧之丞が、ぽつりと呟いた。

「花火のこと?」
「うん。動かないようにがまんする」
「せやな。父さんよりも上手にできるように、頑張ろな」

 ぼくの言葉に、欧之丞がこくりとうなずいた。
 
「そうや」
「どうしたんだ? こたにい」

 突然、ぼくが声を上げたから欧之丞はびっくりして目を丸くした。月の光で明るいから、その表情がよう分かる。

「んーん。なんでもあらへんで。おやすみー」

 ぼくは夏布団をかぶって、瞼を閉じた。
 もうすぐ縁日があるんや。夏の宵祭りや。
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