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二章
22、大丈夫ですよ ※絲視点
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わたしはぼんやりと瞼を開きました。
おかしいわ。どうしてわたしの部屋の天井が見えるのかしら。
確か、浜辺にいたはずなのに。
着てるものも単衣の着物ではないし、帯の硬さも感じません。手に触れる感触から、綿紗の寝間着だと分かりました。
「目ぇ覚めたか? 絲さん」
わたしの顔を覗きこんでくるのは蒼一郎さんです。どうしたのかしら。確か琥太郎さんと欧之丞さんをつれてお散歩に行ったのよね。
きゅっと握りしめていた手を開くと、温くなってしまった波で磨かれたガラスがちゃんとありました。
じゃあ、あの子たちは? どうしてわたしだけが家にいるの?
まさか、まだ海にいるのでは。
幼い子どもが二人で帰ってくるには、遠いし危ないです。馬車や俥の行き交う大通りもあるんですもの。
「蒼一郎さんっ。子ども達は?」
「こら、慌てて起きたらあかん」
上体を起こそうとすると、大きな手がわたしの肩を押さえます。
「心配せんでええ。二人ともちゃんとおるから」
蒼一郎さんはご自分の肩越しに、背後を指さしました。
そこには夏布団が敷かれていて、寄り添うように琥太郎さんと欧之丞さんが眠っていたのです。
「大変やったんやで。ヤドカリに驚いて気ぃ失った絲さんを心配して」
うっ。確かにそんなことがありましたね。
巻貝から、にょきにょきと何本もの足が生えて出てきて。
あの時の感触が甦り、わたしは背筋が震えました。
蜘蛛か、あるいは何かよからぬ小さな魔物が出てきたように思えたんです。
目の前が真っ白になって、次に暗く沈んで。
子ども達の声が遠くなったのを覚えています。
「琥太郎は大騒ぎして俺に飛びついてくるし、欧之丞は絲さんから離れへんし」
「ごめんなさい。無責任でした」
うなだれるわたしの頭を、蒼一郎さんが撫でてくださいます。ゆっくりととても優しく。
「貝や思てんのに、ヤドカリが現れたらびっくりするよな。まぁ『きゃあっ』って叫ぶくらいで済むように頑張ろか」
「……はい」
実家で暮らしていた頃は、今よりも海が近くて。よく浜辺や海岸通りを散歩していたのですけど。
ヤドカリは、見たことがなかったんです。
わたし達の声に目を覚ましたのでしょうか。
欧之丞さんが瞼を開いて、そして顔を輝かせたんです。
「こたにい。絲おばさん、生きてた」
「んー?」
目をこすりながら体を起こす琥太郎さん。欧之丞さんに引っ張られて、わたしの元へとやってきます。
あの、もしかして。わたしが死んだと思ってました?
「ごめんなさい」
そう小さな声で呟きながら、欧之丞さんはわたしに抱きついてきました。
小さな背中は小刻みに震えています。
欧之丞さんの頭を撫でながら、わたしは目を細めました。
潮の香りのする、子ども特有のさらりとした黒髪。
ありがとう。わたしのことを大事に思ってくれて。珍しい貝をわたしに一番に見せてくれたのね。
「よーし、琥太郎は父さんが抱っこしたろな」
「はーぁ? なんで? そんなん頼んでへんし」
琥太郎さんは、あぐらをかいた蒼一郎さんのお膝に乗せられました。もちろん強制的に。
「もう、恥ずかしいやん。降ろしてよ」
「絲さんの抱っこは順番やからな。欧之丞、次は俺が抱っこしたるで」
蒼一郎さんはにっこりと微笑んだんです。ええ、琥太郎さんの小さな手で、あごやら頬を押しのけられながら。
隙あらば、頬をすりすりとするんですよね。蒼一郎さんは。
おかしいわ。どうしてわたしの部屋の天井が見えるのかしら。
確か、浜辺にいたはずなのに。
着てるものも単衣の着物ではないし、帯の硬さも感じません。手に触れる感触から、綿紗の寝間着だと分かりました。
「目ぇ覚めたか? 絲さん」
わたしの顔を覗きこんでくるのは蒼一郎さんです。どうしたのかしら。確か琥太郎さんと欧之丞さんをつれてお散歩に行ったのよね。
きゅっと握りしめていた手を開くと、温くなってしまった波で磨かれたガラスがちゃんとありました。
じゃあ、あの子たちは? どうしてわたしだけが家にいるの?
まさか、まだ海にいるのでは。
幼い子どもが二人で帰ってくるには、遠いし危ないです。馬車や俥の行き交う大通りもあるんですもの。
「蒼一郎さんっ。子ども達は?」
「こら、慌てて起きたらあかん」
上体を起こそうとすると、大きな手がわたしの肩を押さえます。
「心配せんでええ。二人ともちゃんとおるから」
蒼一郎さんはご自分の肩越しに、背後を指さしました。
そこには夏布団が敷かれていて、寄り添うように琥太郎さんと欧之丞さんが眠っていたのです。
「大変やったんやで。ヤドカリに驚いて気ぃ失った絲さんを心配して」
うっ。確かにそんなことがありましたね。
巻貝から、にょきにょきと何本もの足が生えて出てきて。
あの時の感触が甦り、わたしは背筋が震えました。
蜘蛛か、あるいは何かよからぬ小さな魔物が出てきたように思えたんです。
目の前が真っ白になって、次に暗く沈んで。
子ども達の声が遠くなったのを覚えています。
「琥太郎は大騒ぎして俺に飛びついてくるし、欧之丞は絲さんから離れへんし」
「ごめんなさい。無責任でした」
うなだれるわたしの頭を、蒼一郎さんが撫でてくださいます。ゆっくりととても優しく。
「貝や思てんのに、ヤドカリが現れたらびっくりするよな。まぁ『きゃあっ』って叫ぶくらいで済むように頑張ろか」
「……はい」
実家で暮らしていた頃は、今よりも海が近くて。よく浜辺や海岸通りを散歩していたのですけど。
ヤドカリは、見たことがなかったんです。
わたし達の声に目を覚ましたのでしょうか。
欧之丞さんが瞼を開いて、そして顔を輝かせたんです。
「こたにい。絲おばさん、生きてた」
「んー?」
目をこすりながら体を起こす琥太郎さん。欧之丞さんに引っ張られて、わたしの元へとやってきます。
あの、もしかして。わたしが死んだと思ってました?
「ごめんなさい」
そう小さな声で呟きながら、欧之丞さんはわたしに抱きついてきました。
小さな背中は小刻みに震えています。
欧之丞さんの頭を撫でながら、わたしは目を細めました。
潮の香りのする、子ども特有のさらりとした黒髪。
ありがとう。わたしのことを大事に思ってくれて。珍しい貝をわたしに一番に見せてくれたのね。
「よーし、琥太郎は父さんが抱っこしたろな」
「はーぁ? なんで? そんなん頼んでへんし」
琥太郎さんは、あぐらをかいた蒼一郎さんのお膝に乗せられました。もちろん強制的に。
「もう、恥ずかしいやん。降ろしてよ」
「絲さんの抱っこは順番やからな。欧之丞、次は俺が抱っこしたるで」
蒼一郎さんはにっこりと微笑んだんです。ええ、琥太郎さんの小さな手で、あごやら頬を押しのけられながら。
隙あらば、頬をすりすりとするんですよね。蒼一郎さんは。
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