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二章
16、子育ては難しい
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大通りは子どもだけでは出たらあかん、っていっつも言われとうから。
ぼくは母さんか父さんが一緒の時しか出かけへん。
一緒に手をつないで(すっごい恥ずかしいんやけど。馬車やら俥やらが走っとうから、危ないねん)甘味処に行ったり、百貨店に行ったりするねん。
うちの築地塀は長いから、そして白くて夏の陽射しを跳ね返すから。どこまでも目が眩むような光に包まれとった。
「わー。まぶしー」と言いながら、欧之丞が走っていく。
緑の濃い蔓がよその白い塀に下がって、それには鮮やかな橙色の花が咲いとった。
お日さまの光をぎゅーっと集めたような、きれいな花や。
欧之丞の背中は、白と橙色の世界の中で小さくなっていく。
こらっ。ちゃんと手ぇつなぐんとちゃうん?
母さんは「欧之丞さん、だめよ」と走るけど。追いつけるわけがない。
だって、母さんは足が遅いもん。
しかも日傘が風を受けて重いんか、さらに普段よりも遅い。
「欧之丞。大変や」
ぼくは声を張り上げた。
つい最近まで寝込んどったはずやのに、欧之丞の足は速い。けど、追いかけたりせぇへんで。
ああいう子は子犬みたいなもんで、追いかけたら逃げるからな。
「そっち道をまちがえとう。迷子になるで」
「えぇっ?」
案の定、欧之丞はぼくの言葉に反応して立ち止まった。
そしてまた走って戻ってくる。
まぁ、道は正しいから嘘なんやけど。
「俺、迷子になるとこだった?」
「せやで。危ないとこやったな。欧之丞はぼくの家までの道を覚えてへんやろ。どうするん」
「どうって……」
欧之丞は、おろおろと視線をさまよわせた。
よし、あともうひと押しや。
ぼくは母さんが口を挟まんように、目配せした。
母さんも心得たもので、瞼を閉じるのを返事の代わりにする。
「どうしよう。欧之丞がうちに帰って来られへんかったら」
「こ、困る」
「欧之丞は小っちゃいからな。きっと探しても見落としてしもて、見つからへんねん」
欧之丞はかぶっていた麦わら帽子を脱いで、しっかりと握りしめた。
その小さな手は、小刻みに震えている。
「俺、一人? 夜になっても一人きり?」
「せやで。怖いやろ」
すでに欧之丞は半泣きや。引き結んだ唇は、ふるふるとわなないた。
そろそろ潮時かな。
これ以上怖がらせたら、ほんまに泣いてしまう。
そう思た時やった。
「ふ……ふぇ、ふぇぇぇぇ、ん。うわぁぁぁんっ」
え?
ぼくと母さんは顔を見合わせた。
欧之丞は、突然声を上げて泣きだしたんや。
「やだっ。まいご、やだ。こたにいのお家、かえれないのやだ」
うわぁぁぁーん、と張り裂けるような声。
通りを歩く人たちが、振り返ってまで欧之丞を見ていく。
「やだっ、やだっ。一人はやだっ」
母さんは道にしゃがみ込んで「大丈夫ですよ。欧之丞さんのことは必ず見つけますから」と欧之丞を抱きしめた。
ぼくも、一緒になって欧之丞をつつみこむ。
小さい体のどこからそんな声が出るんというくらい、大きな声やった。
「絲おばさん、また……お、俺を、み、見つけてくれ……る?」
しゃくりあげながら、欧之丞は母さんに尋ねた。
そんな彼を、母さんは切なそうに見つめている。
「ええ、お約束します。欧之丞さんはうちの家族よ。だから、欧之丞さんの姿が見えないと不安なの。だから一緒にいてね、手を繋いでいてくださいね」
「うん、うん……」
欧之丞は何度もうなずいた。
ぼくは母さんか父さんが一緒の時しか出かけへん。
一緒に手をつないで(すっごい恥ずかしいんやけど。馬車やら俥やらが走っとうから、危ないねん)甘味処に行ったり、百貨店に行ったりするねん。
うちの築地塀は長いから、そして白くて夏の陽射しを跳ね返すから。どこまでも目が眩むような光に包まれとった。
「わー。まぶしー」と言いながら、欧之丞が走っていく。
緑の濃い蔓がよその白い塀に下がって、それには鮮やかな橙色の花が咲いとった。
お日さまの光をぎゅーっと集めたような、きれいな花や。
欧之丞の背中は、白と橙色の世界の中で小さくなっていく。
こらっ。ちゃんと手ぇつなぐんとちゃうん?
母さんは「欧之丞さん、だめよ」と走るけど。追いつけるわけがない。
だって、母さんは足が遅いもん。
しかも日傘が風を受けて重いんか、さらに普段よりも遅い。
「欧之丞。大変や」
ぼくは声を張り上げた。
つい最近まで寝込んどったはずやのに、欧之丞の足は速い。けど、追いかけたりせぇへんで。
ああいう子は子犬みたいなもんで、追いかけたら逃げるからな。
「そっち道をまちがえとう。迷子になるで」
「えぇっ?」
案の定、欧之丞はぼくの言葉に反応して立ち止まった。
そしてまた走って戻ってくる。
まぁ、道は正しいから嘘なんやけど。
「俺、迷子になるとこだった?」
「せやで。危ないとこやったな。欧之丞はぼくの家までの道を覚えてへんやろ。どうするん」
「どうって……」
欧之丞は、おろおろと視線をさまよわせた。
よし、あともうひと押しや。
ぼくは母さんが口を挟まんように、目配せした。
母さんも心得たもので、瞼を閉じるのを返事の代わりにする。
「どうしよう。欧之丞がうちに帰って来られへんかったら」
「こ、困る」
「欧之丞は小っちゃいからな。きっと探しても見落としてしもて、見つからへんねん」
欧之丞はかぶっていた麦わら帽子を脱いで、しっかりと握りしめた。
その小さな手は、小刻みに震えている。
「俺、一人? 夜になっても一人きり?」
「せやで。怖いやろ」
すでに欧之丞は半泣きや。引き結んだ唇は、ふるふるとわなないた。
そろそろ潮時かな。
これ以上怖がらせたら、ほんまに泣いてしまう。
そう思た時やった。
「ふ……ふぇ、ふぇぇぇぇ、ん。うわぁぁぁんっ」
え?
ぼくと母さんは顔を見合わせた。
欧之丞は、突然声を上げて泣きだしたんや。
「やだっ。まいご、やだ。こたにいのお家、かえれないのやだ」
うわぁぁぁーん、と張り裂けるような声。
通りを歩く人たちが、振り返ってまで欧之丞を見ていく。
「やだっ、やだっ。一人はやだっ」
母さんは道にしゃがみ込んで「大丈夫ですよ。欧之丞さんのことは必ず見つけますから」と欧之丞を抱きしめた。
ぼくも、一緒になって欧之丞をつつみこむ。
小さい体のどこからそんな声が出るんというくらい、大きな声やった。
「絲おばさん、また……お、俺を、み、見つけてくれ……る?」
しゃくりあげながら、欧之丞は母さんに尋ねた。
そんな彼を、母さんは切なそうに見つめている。
「ええ、お約束します。欧之丞さんはうちの家族よ。だから、欧之丞さんの姿が見えないと不安なの。だから一緒にいてね、手を繋いでいてくださいね」
「うん、うん……」
欧之丞は何度もうなずいた。
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