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二章
10、おやすみなさい【1】※絲視点
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抱っこされた状態のまま眠ってしまった琥太郎さんと欧之丞さんを布団に横たえて、わたしと蒼一郎さんは客間を出ました。
水色のタイルが貼られた、横に長い洗面台で、歯磨きをします。
歯刷子と、紙の箱に入った獅子印ライオン歯磨き粉。以前、使用していた罐入りの福原衛生歯磨石鹼から、蒼一郎さんは最近こちらに変更したみたいです。
「絲さん。磨き残しのないようにな」
二人並んでごしごしと歯磨きをしていると、不思議な心地になります。
ええ、まるで自分が琥太郎さんのように子ども時代に戻ったみたいなの。
しかも、うがいをして流した後も「ほら、ほっぺたに泡がついとう」なんて、手拭いで拭かれるんですもの。
わたしももう母親でいい大人なのに。
もしかして、いまだに少女小説や少女雑誌を読んでいるのがいけないのかしら。
「どないしたんや?」
「わたし、ちゃんと母親ができていますか?」
「ん?」と蒼一郎さんが手拭いで口許を拭いながら、首を傾げます。
「絲さんは母親やん」
「そうなんですけど……」
子どもがいるとかそういう事実ではなく。
ああ、なんと言えばいいのでしょう。
たとえばわたしは女學院に通っていましたが。その初等部や尋常小學校ならば、入学した年は一年生ですよね。母親だって初心者なのは同じはず。
なのに母親は、子どもが出来たらすぐに一年生どころか、教師のような立ち位置を求められるんですもの。
「不安なんです。琥太郎さんは、わたしに気を利かせすぎですし」
「まぁ、絲さんは体が弱いから。そうなるやろな」
「いい子ですから。子どもらしさを、わたしが奪ってしまっているんじゃないかしらと」
「……何言うとん。あいつ、俺には我儘放題やで。絲さんは知らんかもしれんけど、琥太郎は裏表がありすぎる」
え、ええ。確かに時々、琥太郎さんは悪人顔をしますし。意地悪も口にしますね。
無理にいい子をしているのではないのなら、安心なんですけど。
わたし達のお部屋へ戻ると、黒猫が庭に入ってきていたのか、尻尾をぴんと立てて足下を気にしながら歩いているのが見えました。
まだ日中の雨で、地面や草が乾いていないのでしょう。
よほど毛や肉球が濡れるのが嫌なのかしら。
少し歩いては、前脚を上げて眺めています。そして、足をぷるぷると振るんです。
「そういえば最近、琥太郎さんは前みたいに廊下まで転がって来なくなりましたね」
「せやなぁ。昼間は欧之丞と遊んだり、じゃれたりしとうから。力が有り余ってへんのやろ」
これまでは琥太郎さんとお散歩することが多かったのですけど。わたしの歩く速度はゆっくりなので、あまり運動になっていなかったかもしれませんね。
ぐいっと肩を掴まれたと思うと、蒼一郎さんの方へ引き寄せられました。
「絲さんは、ええ母親やと思うで」
「蒼一郎さん……」
「けど、今は俺だけの絲さんや」
にっこりと微笑むと蒼一郎さんは少し屈みこんで、わたしの唇に接吻なさったの。
「いつか琥太郎も、俺の絲さんみたいに大事な人を見つけるやろ。欧之丞もや。それまでは守ったらなあかんな」
「はい」
このお部屋には、わたしと蒼一郎さんだけ。
だから、恥ずかしくはないの。
わたしは背伸びをして、蒼一郎さんにくちづけを返したんです。
すると、なぜかしら。蒼一郎さんが頬を赤らめたの。
お部屋に置いてあるオイルランプの仄かな明るさでも、それが分かるほど。
「なんか、照れるな」
「仰らないで。わたしも恥ずかしくなりますから」
さっきまでは、わたしも平気でしたのに。恥じらいとは縁遠いヤクザの組長という立場の方ですから。そんな風に照れられると、こちらとしても困ります。
水色のタイルが貼られた、横に長い洗面台で、歯磨きをします。
歯刷子と、紙の箱に入った獅子印ライオン歯磨き粉。以前、使用していた罐入りの福原衛生歯磨石鹼から、蒼一郎さんは最近こちらに変更したみたいです。
「絲さん。磨き残しのないようにな」
二人並んでごしごしと歯磨きをしていると、不思議な心地になります。
ええ、まるで自分が琥太郎さんのように子ども時代に戻ったみたいなの。
しかも、うがいをして流した後も「ほら、ほっぺたに泡がついとう」なんて、手拭いで拭かれるんですもの。
わたしももう母親でいい大人なのに。
もしかして、いまだに少女小説や少女雑誌を読んでいるのがいけないのかしら。
「どないしたんや?」
「わたし、ちゃんと母親ができていますか?」
「ん?」と蒼一郎さんが手拭いで口許を拭いながら、首を傾げます。
「絲さんは母親やん」
「そうなんですけど……」
子どもがいるとかそういう事実ではなく。
ああ、なんと言えばいいのでしょう。
たとえばわたしは女學院に通っていましたが。その初等部や尋常小學校ならば、入学した年は一年生ですよね。母親だって初心者なのは同じはず。
なのに母親は、子どもが出来たらすぐに一年生どころか、教師のような立ち位置を求められるんですもの。
「不安なんです。琥太郎さんは、わたしに気を利かせすぎですし」
「まぁ、絲さんは体が弱いから。そうなるやろな」
「いい子ですから。子どもらしさを、わたしが奪ってしまっているんじゃないかしらと」
「……何言うとん。あいつ、俺には我儘放題やで。絲さんは知らんかもしれんけど、琥太郎は裏表がありすぎる」
え、ええ。確かに時々、琥太郎さんは悪人顔をしますし。意地悪も口にしますね。
無理にいい子をしているのではないのなら、安心なんですけど。
わたし達のお部屋へ戻ると、黒猫が庭に入ってきていたのか、尻尾をぴんと立てて足下を気にしながら歩いているのが見えました。
まだ日中の雨で、地面や草が乾いていないのでしょう。
よほど毛や肉球が濡れるのが嫌なのかしら。
少し歩いては、前脚を上げて眺めています。そして、足をぷるぷると振るんです。
「そういえば最近、琥太郎さんは前みたいに廊下まで転がって来なくなりましたね」
「せやなぁ。昼間は欧之丞と遊んだり、じゃれたりしとうから。力が有り余ってへんのやろ」
これまでは琥太郎さんとお散歩することが多かったのですけど。わたしの歩く速度はゆっくりなので、あまり運動になっていなかったかもしれませんね。
ぐいっと肩を掴まれたと思うと、蒼一郎さんの方へ引き寄せられました。
「絲さんは、ええ母親やと思うで」
「蒼一郎さん……」
「けど、今は俺だけの絲さんや」
にっこりと微笑むと蒼一郎さんは少し屈みこんで、わたしの唇に接吻なさったの。
「いつか琥太郎も、俺の絲さんみたいに大事な人を見つけるやろ。欧之丞もや。それまでは守ったらなあかんな」
「はい」
このお部屋には、わたしと蒼一郎さんだけ。
だから、恥ずかしくはないの。
わたしは背伸びをして、蒼一郎さんにくちづけを返したんです。
すると、なぜかしら。蒼一郎さんが頬を赤らめたの。
お部屋に置いてあるオイルランプの仄かな明るさでも、それが分かるほど。
「なんか、照れるな」
「仰らないで。わたしも恥ずかしくなりますから」
さっきまでは、わたしも平気でしたのに。恥じらいとは縁遠いヤクザの組長という立場の方ですから。そんな風に照れられると、こちらとしても困ります。
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