上 下
32 / 103
二章

10、おやすみなさい【1】※絲視点

しおりを挟む
 抱っこされた状態のまま眠ってしまった琥太郎さんと欧之丞さんを布団に横たえて、わたしと蒼一郎さんは客間を出ました。

 水色のタイルが貼られた、横に長い洗面台で、歯磨きをします。
 歯刷子ブラシと、紙の箱に入った獅子印ライオン歯磨き粉。以前、使用していた罐入りの福原衛生歯磨石鹼から、蒼一郎さんは最近こちらに変更したみたいです。
 
「絲さん。磨き残しのないようにな」

 二人並んでごしごしと歯磨きをしていると、不思議な心地になります。
 ええ、まるで自分が琥太郎さんのように子ども時代に戻ったみたいなの。

 しかも、うがいをして流した後も「ほら、ほっぺたに泡がついとう」なんて、手拭いで拭かれるんですもの。
 わたしももう母親でいい大人なのに。
 もしかして、いまだに少女小説や少女雑誌を読んでいるのがいけないのかしら。

「どないしたんや?」
「わたし、ちゃんと母親ができていますか?」

「ん?」と蒼一郎さんが手拭いで口許を拭いながら、首を傾げます。

「絲さんは母親やん」
「そうなんですけど……」

 子どもがいるとかそういう事実ではなく。
 ああ、なんと言えばいいのでしょう。
 たとえばわたしは女學院に通っていましたが。その初等部や尋常小學校ならば、入学した年は一年生ですよね。母親だって初心者なのは同じはず。

 なのに母親は、子どもが出来たらすぐに一年生どころか、教師のような立ち位置を求められるんですもの。
 
「不安なんです。琥太郎さんは、わたしに気を利かせすぎですし」
「まぁ、絲さんは体が弱いから。そうなるやろな」
「いい子ですから。子どもらしさを、わたしが奪ってしまっているんじゃないかしらと」

「……何言うとん。あいつ、俺には我儘放題やで。絲さんは知らんかもしれんけど、琥太郎は裏表がありすぎる」

 え、ええ。確かに時々、琥太郎さんは悪人顔をしますし。意地悪も口にしますね。
 無理にいい子をしているのではないのなら、安心なんですけど。

 わたし達のお部屋へ戻ると、黒猫が庭に入ってきていたのか、尻尾をぴんと立てて足下を気にしながら歩いているのが見えました。
 まだ日中の雨で、地面や草が乾いていないのでしょう。

 よほど毛や肉球が濡れるのが嫌なのかしら。
 少し歩いては、前脚を上げて眺めています。そして、足をぷるぷると振るんです。

「そういえば最近、琥太郎さんは前みたいに廊下まで転がって来なくなりましたね」
「せやなぁ。昼間は欧之丞と遊んだり、じゃれたりしとうから。力が有り余ってへんのやろ」

 これまでは琥太郎さんとお散歩することが多かったのですけど。わたしの歩く速度はゆっくりなので、あまり運動になっていなかったかもしれませんね。

 ぐいっと肩を掴まれたと思うと、蒼一郎さんの方へ引き寄せられました。

「絲さんは、ええ母親やと思うで」
「蒼一郎さん……」
「けど、今は俺だけの絲さんや」

 にっこりと微笑むと蒼一郎さんは少し屈みこんで、わたしの唇に接吻なさったの。

「いつか琥太郎も、俺の絲さんみたいに大事な人を見つけるやろ。欧之丞もや。それまでは守ったらなあかんな」
「はい」

 このお部屋には、わたしと蒼一郎さんだけ。
 だから、恥ずかしくはないの。
 わたしは背伸びをして、蒼一郎さんにくちづけを返したんです。

 すると、なぜかしら。蒼一郎さんが頬を赤らめたの。
 お部屋に置いてあるオイルランプの仄かな明るさでも、それが分かるほど。

「なんか、照れるな」
「仰らないで。わたしも恥ずかしくなりますから」

 さっきまでは、わたしも平気でしたのに。恥じらいとは縁遠いヤクザの組長という立場の方ですから。そんな風に照れられると、こちらとしても困ります。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

処理中です...