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二章
8、ゼリビンズ【2】※絲視点
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困りました。
わたしは、青林檎の香りの残る自分の指をじーっと見つめました。
だって、蒼一郎さんの唇に触れてしまったんですもの。
どきっとします。
さほど柔らかくもなく、かといって硬いわけでもない蒼一郎さんの唇。
蒼一郎さんは涼しいお顔をなさって、ゼリビンズを味わっていらっしゃいます。
「んー? 絲さん。どうしたん」
「いえ、どうもしないですよ?」
「まーたぁ。俺のことを考えとったんやろ」
目の前にいらっしゃるのに? どうしてそんなに自信満々なんですか。
「まぁ、俺のことを考えとってほしいのは、俺の願望やけどな」
「え、ええ……」
蒼一郎さんはわたしに背をお向けになると、少し肩を落としました。
「いや、分かっとんやで。琥太郎と欧之丞のことが大事なんは。俺にとっても大事やから。けどなぁ」
肩越しに、ちらっとこちらを見る蒼一郎さん。
「俺はええ大人で、組長やから。人前で弱い部分は見せられへん。こんな風に『寂しい』って本音を言えるんは、絲さんと二人きりの時だけやねん」
「まぁ……」
わたしは胸が切なくなりました。
そうですね。
蒼一郎さんは、お若い頃から組員をまとめ、彼らの暮らしを支えていらっしゃる方。
さらに琥太郎の父親としての責任も増えたんですもの。
大人になったからといって、甘えさせるばかりではなく甘えたい場合もありますよね。
わたしももう十代の娘ではありません。母にもなったのですから、包容力は必要です。
「いいですよ。さぁ、どうぞ」
「へ?」
「絲が抱きしめてさしあげます」
「ここで?」
「はい」と、わたしは頷きました。
「いや。どうせなら、ここやのうて俺らの部屋の方が」
「さぁ、どうぞ」
わたしは両腕を広げて、じっと待ちます。
蒼一郎さんは、ちらっと琥太郎さんと欧之丞さんの方に視線を向けました。
さっきまでは、わたしに気にする必要はないと仰っていたのに。やはり恥ずかしいのでしょうか。
「で……では」
蒼一郎さんの声は、少しかすれています。
まぁっ。急に緊張なさるなんて、どうなさったのかしら。
わたしはにっこりと微笑んで、蒼一郎さんを抱きしめました。
がっしりとした体軀。筋肉がついてらっしゃるので、背中に手をまわすと窮屈なほどです。
幼い頃にわたしは誘拐されて、洋犬扱いされていました。
居留地に暮らす外国の方が、飼い犬を呼ぶときに「come」と言っていたので、洋犬のことをカメと言っていたのです。
わたしは髪が栗色でふわふわしているので、カメと呼ばれたのでしょう。
首に鎖をつけられて、床に直置きした皿から直接食事をとるように命じられ。
命令に背けば、杖で叩かれました
しだいに抵抗する気力も失われ、ただ床に倒れて衰弱していく日々。好事家に高く売り飛ばすために、それ以上の暴行は受けませんでしたが。
あの誘拐当時の恐ろしさが、今の欧之丞さんに重なるのです。
ただ暴力という名の嵐が過ぎ去るのを、感情を閉ざして待つしかない。
わたしは誘拐された時に数えの十三歳でしたが、欧之丞さんはたったの四歳です。
こんな……小さい琥太郎さんよりさらにひとつ下の子どもが。守られるべき親から虐待されるなんて。
蒼一郎さんが、わたしが、琥太郎さんが、あの恐ろしい高瀬の家から欧之丞さんを救ってあげなければならないのです。
わたしが誘拐された時に助けに来てくださったのが、蒼一郎さんとお爺さまでした。
その時に、蒼一郎さんの背中に黒い夜叉(少女だったわたしには違いが分からずに、黒鬼だと思っていたのですけど)が彫られているのを見て。
ああ、誘拐犯よりももっと恐ろしいものが、わたしを守ってくださるのだわと安堵したのです。
欧之丞さん。蒼一郎さんは、あなたのことも守ってくださるわ。
だから安心なさってね。
わたしは、青林檎の香りの残る自分の指をじーっと見つめました。
だって、蒼一郎さんの唇に触れてしまったんですもの。
どきっとします。
さほど柔らかくもなく、かといって硬いわけでもない蒼一郎さんの唇。
蒼一郎さんは涼しいお顔をなさって、ゼリビンズを味わっていらっしゃいます。
「んー? 絲さん。どうしたん」
「いえ、どうもしないですよ?」
「まーたぁ。俺のことを考えとったんやろ」
目の前にいらっしゃるのに? どうしてそんなに自信満々なんですか。
「まぁ、俺のことを考えとってほしいのは、俺の願望やけどな」
「え、ええ……」
蒼一郎さんはわたしに背をお向けになると、少し肩を落としました。
「いや、分かっとんやで。琥太郎と欧之丞のことが大事なんは。俺にとっても大事やから。けどなぁ」
肩越しに、ちらっとこちらを見る蒼一郎さん。
「俺はええ大人で、組長やから。人前で弱い部分は見せられへん。こんな風に『寂しい』って本音を言えるんは、絲さんと二人きりの時だけやねん」
「まぁ……」
わたしは胸が切なくなりました。
そうですね。
蒼一郎さんは、お若い頃から組員をまとめ、彼らの暮らしを支えていらっしゃる方。
さらに琥太郎の父親としての責任も増えたんですもの。
大人になったからといって、甘えさせるばかりではなく甘えたい場合もありますよね。
わたしももう十代の娘ではありません。母にもなったのですから、包容力は必要です。
「いいですよ。さぁ、どうぞ」
「へ?」
「絲が抱きしめてさしあげます」
「ここで?」
「はい」と、わたしは頷きました。
「いや。どうせなら、ここやのうて俺らの部屋の方が」
「さぁ、どうぞ」
わたしは両腕を広げて、じっと待ちます。
蒼一郎さんは、ちらっと琥太郎さんと欧之丞さんの方に視線を向けました。
さっきまでは、わたしに気にする必要はないと仰っていたのに。やはり恥ずかしいのでしょうか。
「で……では」
蒼一郎さんの声は、少しかすれています。
まぁっ。急に緊張なさるなんて、どうなさったのかしら。
わたしはにっこりと微笑んで、蒼一郎さんを抱きしめました。
がっしりとした体軀。筋肉がついてらっしゃるので、背中に手をまわすと窮屈なほどです。
幼い頃にわたしは誘拐されて、洋犬扱いされていました。
居留地に暮らす外国の方が、飼い犬を呼ぶときに「come」と言っていたので、洋犬のことをカメと言っていたのです。
わたしは髪が栗色でふわふわしているので、カメと呼ばれたのでしょう。
首に鎖をつけられて、床に直置きした皿から直接食事をとるように命じられ。
命令に背けば、杖で叩かれました
しだいに抵抗する気力も失われ、ただ床に倒れて衰弱していく日々。好事家に高く売り飛ばすために、それ以上の暴行は受けませんでしたが。
あの誘拐当時の恐ろしさが、今の欧之丞さんに重なるのです。
ただ暴力という名の嵐が過ぎ去るのを、感情を閉ざして待つしかない。
わたしは誘拐された時に数えの十三歳でしたが、欧之丞さんはたったの四歳です。
こんな……小さい琥太郎さんよりさらにひとつ下の子どもが。守られるべき親から虐待されるなんて。
蒼一郎さんが、わたしが、琥太郎さんが、あの恐ろしい高瀬の家から欧之丞さんを救ってあげなければならないのです。
わたしが誘拐された時に助けに来てくださったのが、蒼一郎さんとお爺さまでした。
その時に、蒼一郎さんの背中に黒い夜叉(少女だったわたしには違いが分からずに、黒鬼だと思っていたのですけど)が彫られているのを見て。
ああ、誘拐犯よりももっと恐ろしいものが、わたしを守ってくださるのだわと安堵したのです。
欧之丞さん。蒼一郎さんは、あなたのことも守ってくださるわ。
だから安心なさってね。
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