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二章
7、ゼリビンズ【1】※蒼一郎視点
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「聞こえへんかった?」
「いえ、聞こえていますよ」
薄緑色のゼリビンズをつまんだまま、絲さんは固まっていた。
「なんなら指やのうて唇でもええで」
俺の言うとうことを、ようやく理解したんやろ。絲さんは今度はおろおろと、子ども達の方に視線を向けた。
「二人ともよう寝てるし。食べさせてもらうくらい、あいつらもしてもろとう。普通、普通」
「だって、琥太郎さんも欧之丞さんも子どもじゃないですか。それに唇で挟んで食べさせるなんて、そもそもしていません」
むむっ。なかなか手ごわいな。
絲さんは結婚前から、俺といちゃいちゃするのが恥ずかしいんか、頑ななところがある。
しゃあないな。
俺は戦略を変えることにした。
「よし、二択やで。選ばしたろ。さっきも言うたけど、俺に指でゼリビンズを食べさせるんか、唇で挟んで口移しか。どっちがええ?」
「え? よしも何も、食べさせること前提じゃないですか。蒼一郎さん、少しも譲歩なさってないです」
俺は腕を組んで、夜空を仰いだ。
絲さんはお嬢さん育ちやから、母親になって二十代になっても、まだ潔癖なとこがある。絲さんからおっとりした部分を引いたのが、琥太郎の性格なんやろか。
西の空にかかった弓張り月が「組長、頑張って」と応援してくれた気がする。
……気がするだけやけど。
「早よせんと、子どもらが起きてまうで」
「……うっ」
「せや、恥ずかしいんやったら。団扇で隠したらええんとちゃうかな」
俺は団扇を手に取ると、すやすやと寝とる子どもらから絲さんの顔を隠すように立てた。
「月明りも満月ほどは明るないから。透けて見えへんで」
「もう、仕方ないですね」
絲さんは苦笑すると「何味がいいですか?」と尋ねてきた。
まぁ、どれも酒には合わんけど。絲さんに甘えるっていうのが大事やねん。
「絲さんが選んだのがええ」
「青林檎味ですね」
「ちゃんと『蒼一郎さん、あーん』って言うんやで」
俺の言葉に、絲さんは頬を朱に染めた。
ああ。昔と変わらず愛らしいなぁ。
「あ……あー、んってしてください」
「んー? 聞こえへんなぁ」
「うそっ。わたし、ちゃんと言いました」
朱色やった頬が、今は赤くなっている。
揶揄ったらあかんと分かっとんやけど。つい、なぁ。
「あんまり大きい声を出したら、子どもらが起きてしまうから。せやなぁ、俺の耳元で囁いたらええんとちゃうかな?」
「確かにそうですね」
「もっと肩を寄せて、ぴったりとくっついて。ほら、もっとしゃがんだるから。これなら、やりやすいやろ?」
これは俺の要求が増しているだけやのに。絲さんは「ありがとうございます」という風に、小さくうなずいた。
あかんで。人の口車にほいほいと乗ったら。
今の俺は親切ぶってるだけなんやで。
絲さんがヤクザの組長の嫁やなかったら、どっかの悪い奴に騙されへんか心配やわ。
団扇で隔てられとうから、少しは羞恥心が減るんやろか。
絲さんはとうとう「はい、蒼一郎さん。あーんしてください」と、ゼリビンズをつまんだ指を差し出してきた。
絲さんがくれた青林檎の味は、甘酸っぱくて。もしかしたら初恋の味なんやろか。
なぁ、知っとうか。絲さん。俺にとっては絲さんが初恋の人なんやで。
絲さんの初恋も、俺やったらええなぁ。
というか、俺に決まっとうよな。実は自信がある。
「いえ、聞こえていますよ」
薄緑色のゼリビンズをつまんだまま、絲さんは固まっていた。
「なんなら指やのうて唇でもええで」
俺の言うとうことを、ようやく理解したんやろ。絲さんは今度はおろおろと、子ども達の方に視線を向けた。
「二人ともよう寝てるし。食べさせてもらうくらい、あいつらもしてもろとう。普通、普通」
「だって、琥太郎さんも欧之丞さんも子どもじゃないですか。それに唇で挟んで食べさせるなんて、そもそもしていません」
むむっ。なかなか手ごわいな。
絲さんは結婚前から、俺といちゃいちゃするのが恥ずかしいんか、頑ななところがある。
しゃあないな。
俺は戦略を変えることにした。
「よし、二択やで。選ばしたろ。さっきも言うたけど、俺に指でゼリビンズを食べさせるんか、唇で挟んで口移しか。どっちがええ?」
「え? よしも何も、食べさせること前提じゃないですか。蒼一郎さん、少しも譲歩なさってないです」
俺は腕を組んで、夜空を仰いだ。
絲さんはお嬢さん育ちやから、母親になって二十代になっても、まだ潔癖なとこがある。絲さんからおっとりした部分を引いたのが、琥太郎の性格なんやろか。
西の空にかかった弓張り月が「組長、頑張って」と応援してくれた気がする。
……気がするだけやけど。
「早よせんと、子どもらが起きてまうで」
「……うっ」
「せや、恥ずかしいんやったら。団扇で隠したらええんとちゃうかな」
俺は団扇を手に取ると、すやすやと寝とる子どもらから絲さんの顔を隠すように立てた。
「月明りも満月ほどは明るないから。透けて見えへんで」
「もう、仕方ないですね」
絲さんは苦笑すると「何味がいいですか?」と尋ねてきた。
まぁ、どれも酒には合わんけど。絲さんに甘えるっていうのが大事やねん。
「絲さんが選んだのがええ」
「青林檎味ですね」
「ちゃんと『蒼一郎さん、あーん』って言うんやで」
俺の言葉に、絲さんは頬を朱に染めた。
ああ。昔と変わらず愛らしいなぁ。
「あ……あー、んってしてください」
「んー? 聞こえへんなぁ」
「うそっ。わたし、ちゃんと言いました」
朱色やった頬が、今は赤くなっている。
揶揄ったらあかんと分かっとんやけど。つい、なぁ。
「あんまり大きい声を出したら、子どもらが起きてしまうから。せやなぁ、俺の耳元で囁いたらええんとちゃうかな?」
「確かにそうですね」
「もっと肩を寄せて、ぴったりとくっついて。ほら、もっとしゃがんだるから。これなら、やりやすいやろ?」
これは俺の要求が増しているだけやのに。絲さんは「ありがとうございます」という風に、小さくうなずいた。
あかんで。人の口車にほいほいと乗ったら。
今の俺は親切ぶってるだけなんやで。
絲さんがヤクザの組長の嫁やなかったら、どっかの悪い奴に騙されへんか心配やわ。
団扇で隔てられとうから、少しは羞恥心が減るんやろか。
絲さんはとうとう「はい、蒼一郎さん。あーんしてください」と、ゼリビンズをつまんだ指を差し出してきた。
絲さんがくれた青林檎の味は、甘酸っぱくて。もしかしたら初恋の味なんやろか。
なぁ、知っとうか。絲さん。俺にとっては絲さんが初恋の人なんやで。
絲さんの初恋も、俺やったらええなぁ。
というか、俺に決まっとうよな。実は自信がある。
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