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二章
5、子ども達の寝顔【1】※蒼一郎視点
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夜更け。昼間に降った雨のお陰で、大気が洗われたんやろか。
上弦の月が、清かに見えとった。
暗い夜空を、そこだけすぱっと切り取ったかのような形。
鋭くて、そして冴えた檸檬色の月影。なんで「月影」って影やのうて光の意味なんやろ、と呑気に考えてしまう。
琥太郎も欧之丞も、よう寝とう。
小さい布団を並べて敷いて、どっちの寝顔も愛らしい。
俺は、息子らを起こさんようにそっと頭を撫でてやった。
絲さんそっくりの柔らかな栗色の髪と、どちらかといえば俺に似た感じの黒くて硬めの髪。
もし、もう一人子どもが生まれとったら、欧之丞みたいな子やったんかもしれへんな。
血は繋がってないけど。不思議やな。ほんまの自分の子どもみたいや。
波多野が床の間に飾ってくれた夕顔は、ぼんやりと白くて。
子どもらが部屋にしとんやから、もっと可愛い花を飾ったったらええのにと思うんやけど。
えらい大人っぽい花を選んだな。
多分、琥太郎が「ひまわりとか子どもっぽいのんいやや」とか文句を言うんやろなぁ。
あいつは美意識が高いというか、こだわりが強いからなぁ。
まーったく、五歳のくせして。背伸びして。
可愛いやん。
しかしなぁ、と俺はため息をついた。
今日の琥太郎は怪しかった。
本人は誤魔化せとうと思っとうやろけど。俺とは生きてきた年数と経験が違うんやで。
誤魔化すときに、視線をちょっとだけ俺から外すんや。
どうせ、俺に構われるのを嫌がっとんやろ。
ふんっ。子どものうちだけしか、抱っこもすりすりもできへんのやから。してもろたらええのに。
というか、もっとしたろ。
「抱っこなぁ……親父にしてもろたことないわ。膝に座ったことないかも」
俺はぽつりと呟いた。
親父は江戸の頃からの任侠で、ガキやった自分がおいそれと言葉を交わしていい相手やなかった。
母親も、姐さんと呼ばれとって。懐いた記憶は俺にはない。
とにかく威厳があって怖い人。甘えたらあかんというか、甘えることすら考えられへん、そんな人らやった。
俺を育てたんは、ばあやでもねえやでもなく、組の者やった。それと、絲さんの爺さん。
俺は「遠野の爺さん」と呼んどったけど。剣の師匠やった絲さんの爺さんが、よう遊んでくれた。
遠野の爺さんがおったから、俺は寂しい思いをせんで済んどったんやな。
「うわっ。もしかして俺の生い立ちって悪い方か」
欧之丞ほどやないけど、俺も親との縁は薄かった。
常に他人行儀やったし、悩み事があっても相談なんかしたこともない。
むしろ、極道の跡継ぎがくよくよ悩むとか、ばれたら叱られるどころじゃ済まへん。
そういう生い立ちやった所為やろか、俺は家族を誰よりも大事にしたいし。欧之丞の父親みたいに、外に女を囲うという考え方がさっぱり分からへん。
自由恋愛で結婚する奴なんか、ほとんどおらへんからやろけど。
けど、結局本妻をないがしろにして、他に愛人やら恋人やらを作るんが健全とは思われへん。
結局あんたら、子どもさえ作ったら他で自由恋愛しとうやん。
自由恋愛の結果、生まれた子どもが妾の子って呼ばれるんは、平気なんか?
もし、その妾の子ぉを家に引き取ったとしても。日陰を進むしかなかった子は、幸せになんかなられへんやろ。
ヤクザの俺に健全かどうかにこだわるんも、おかしいけどな。
まぁ、俺にも女を囲えと忠告した馬鹿がおったけど。余計なおせっかいや。
もう、そいつの顔も名前も覚えてへんわ。
あの男が経営する店、どうなったんやろ。知らんけど。
俺の絲さんを侮辱するような奴とは、金輪際会おうとも思わへん。
「最近、ちょっと絲さんが構ってくれへん」
俺はぽつりと呟いた。
分かるんや。欧之丞が大変な時なんと、琥太郎のことも気にかけとうから。
俺のことは後回しになるのは、しょうがない。
それでもなぁ。ちょっと寂しいやん?
「どうなさったんですか? 蒼一郎さん」
除虫菊の煙のにおいが漂ってきたと思うと、ブタの蚊遣りから煙が流れた。
絲さんが客間に入って来たから、風が流れたようや。
上弦の月が、清かに見えとった。
暗い夜空を、そこだけすぱっと切り取ったかのような形。
鋭くて、そして冴えた檸檬色の月影。なんで「月影」って影やのうて光の意味なんやろ、と呑気に考えてしまう。
琥太郎も欧之丞も、よう寝とう。
小さい布団を並べて敷いて、どっちの寝顔も愛らしい。
俺は、息子らを起こさんようにそっと頭を撫でてやった。
絲さんそっくりの柔らかな栗色の髪と、どちらかといえば俺に似た感じの黒くて硬めの髪。
もし、もう一人子どもが生まれとったら、欧之丞みたいな子やったんかもしれへんな。
血は繋がってないけど。不思議やな。ほんまの自分の子どもみたいや。
波多野が床の間に飾ってくれた夕顔は、ぼんやりと白くて。
子どもらが部屋にしとんやから、もっと可愛い花を飾ったったらええのにと思うんやけど。
えらい大人っぽい花を選んだな。
多分、琥太郎が「ひまわりとか子どもっぽいのんいやや」とか文句を言うんやろなぁ。
あいつは美意識が高いというか、こだわりが強いからなぁ。
まーったく、五歳のくせして。背伸びして。
可愛いやん。
しかしなぁ、と俺はため息をついた。
今日の琥太郎は怪しかった。
本人は誤魔化せとうと思っとうやろけど。俺とは生きてきた年数と経験が違うんやで。
誤魔化すときに、視線をちょっとだけ俺から外すんや。
どうせ、俺に構われるのを嫌がっとんやろ。
ふんっ。子どものうちだけしか、抱っこもすりすりもできへんのやから。してもろたらええのに。
というか、もっとしたろ。
「抱っこなぁ……親父にしてもろたことないわ。膝に座ったことないかも」
俺はぽつりと呟いた。
親父は江戸の頃からの任侠で、ガキやった自分がおいそれと言葉を交わしていい相手やなかった。
母親も、姐さんと呼ばれとって。懐いた記憶は俺にはない。
とにかく威厳があって怖い人。甘えたらあかんというか、甘えることすら考えられへん、そんな人らやった。
俺を育てたんは、ばあやでもねえやでもなく、組の者やった。それと、絲さんの爺さん。
俺は「遠野の爺さん」と呼んどったけど。剣の師匠やった絲さんの爺さんが、よう遊んでくれた。
遠野の爺さんがおったから、俺は寂しい思いをせんで済んどったんやな。
「うわっ。もしかして俺の生い立ちって悪い方か」
欧之丞ほどやないけど、俺も親との縁は薄かった。
常に他人行儀やったし、悩み事があっても相談なんかしたこともない。
むしろ、極道の跡継ぎがくよくよ悩むとか、ばれたら叱られるどころじゃ済まへん。
そういう生い立ちやった所為やろか、俺は家族を誰よりも大事にしたいし。欧之丞の父親みたいに、外に女を囲うという考え方がさっぱり分からへん。
自由恋愛で結婚する奴なんか、ほとんどおらへんからやろけど。
けど、結局本妻をないがしろにして、他に愛人やら恋人やらを作るんが健全とは思われへん。
結局あんたら、子どもさえ作ったら他で自由恋愛しとうやん。
自由恋愛の結果、生まれた子どもが妾の子って呼ばれるんは、平気なんか?
もし、その妾の子ぉを家に引き取ったとしても。日陰を進むしかなかった子は、幸せになんかなられへんやろ。
ヤクザの俺に健全かどうかにこだわるんも、おかしいけどな。
まぁ、俺にも女を囲えと忠告した馬鹿がおったけど。余計なおせっかいや。
もう、そいつの顔も名前も覚えてへんわ。
あの男が経営する店、どうなったんやろ。知らんけど。
俺の絲さんを侮辱するような奴とは、金輪際会おうとも思わへん。
「最近、ちょっと絲さんが構ってくれへん」
俺はぽつりと呟いた。
分かるんや。欧之丞が大変な時なんと、琥太郎のことも気にかけとうから。
俺のことは後回しになるのは、しょうがない。
それでもなぁ。ちょっと寂しいやん?
「どうなさったんですか? 蒼一郎さん」
除虫菊の煙のにおいが漂ってきたと思うと、ブタの蚊遣りから煙が流れた。
絲さんが客間に入って来たから、風が流れたようや。
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