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一章

21、一緒に帰ろな ※後半、欧之丞視点

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 欧之丞の家の中は暗くて。表に出た時に、その明るさと眩しさに思わず目を細めた。

「蒼一郎さん、琥太郎さん」

 門を出たところで、母さんがぼくらに飛びついてきた。
 首を絞められてぐったりしとう欧之丞を見て、息を呑んだけど。
 悲鳴は出さずに、母さんは欧之丞に手を伸ばした。

「絲おば……さん?」
「そうよ。いらっしゃい。抱っこしてあげましょうね」

 え、大丈夫なん? ぼくは父さんの顔を見上げた。
 こんなぼろぼろの欧之丞を落としたら大変やで。

 せやのに父さんは「気ぃつけてな」と、欧之丞を母さんに預けたんや。
 母さんは、去年のぼくでも抱き上げられへんかったのに。

 不安で不安でしゃあなかったけど。母さんは、しっかりと欧之丞を抱っこした。
 欧之丞は母さんの肩にもたれて、安心したように瞼を閉じている。

「絲さん。これからしばらく欧之丞のこと、頼むわ」
「はい」
「琥太郎もな。欧之丞を守ったって」

 ぼくはうなずいた。
 多分、これから欧之丞の両親には、いろんなことが起こるんやろ。
 母さんもぼくも、それに関しては口を挟まれへん。
 ただ一緒に欧之丞が健やかで、安心できる場所を与えたるだけや。

「ところで、さすがにもう限界やろ。俺が欧之丞を抱っこするから」

 父さんは母さんから欧之丞を受け取った。
 眠りに落ちていた欧之丞やけど。まるで「いややー」という風に母さんの首にしがみつく。

「えらい絲さんに懐いとうな」
「そうみたいですね」
「あかんで、欧之丞。絲さんの一番は、俺やからな」

 え? ぼくじゃないん?
 父さん、勝手に決めんといてよ。

 ぷーっと頬を膨らませたら、母さんが苦笑しながらぼくに手を差し出した。
 ほら、ぼくが一番やん。父さんとちゃうもん。

◇◇◇

 俺はいい香りにつつまれて、ねてるのか起きてるのか分からない状態だった。

 時折、がっしりとした手が背中を支える。
 でも、それ以外はやわらかくてやさしい手が背中にそえられていた。

 だれ? お清じゃない。母さんでもない。
 
 ふと、さっきまで鬼のような顔で俺の首を絞めていた母さんのことが頭をよぎった。

――あんたなんか生まれてこなければよかった。

 うん、ごめん。でも、俺も母さんの子になんか生まれたくなかったから、おたがいさまだよ。
 ずっとひどい目にあわされてるから。じっとおとなしくして、嵐が去るのを待つのが一番はやい。
 叩かれるのも、血が出るのもいたいし、苦しいけど。

 泣きわめいたりしたら、あの人はもっと怒るから。
 それで、けがをした俺を見たら、父さんは「ちっ」と舌打ちするから。

 何も言い返さずに、泣かずにやりすごすのが一番なんだ。
 腹なんか立たない。
 だって、他のお母さんは子どもにやさしいけど。俺のところはちがうから。

 あきらめてたら、期待もしないし。悲しくもないし、悔しくもない。

 でも今日はほんとに殺されるかと思った。
 なんでも、父さんがきれいな女の人と歩いていると、誰かが母さんに言ったらしいんだ。

 そんなのいつものことなのに。
 父さんはほとんどその女の人と暮らしてるし。家になんか、めったに帰ってこないし。

「やっぱり旦那さんは、若くて優しい女の人の方が合ってますね。とても穏やかそうな顔をしてましたよ」とも言われたらしい。

 そりゃ、そうだよ。誰だって母さんみたいに棘だらけの人といたら、しんどいもの。
 いっつも怒ってるから。
 父さんには石みたいな言葉を投げつけて。
 俺にはほんとにお皿や包丁を投げつけてくる。ああ、言葉もきついの投げられてた。

 風呂場に引きずって行かれて、首をしめられて。苦しくて息ができなくて。
 気を失ったのかな。そしたら水をかけられた。

 また首をしめられて、必死に母さんの手を引っかいたけど。俺の力じゃどうにもならなくて。

 ああ、もういいかな。
 ここまできらわれてるなら、生きてなくてもいいかなって思ったんだ。

 なのに……目の前が暗くなるその時に、こたにいの顔が浮かんで。
 蒼一郎おじさんと絲おばさんも、ほほえんでいて。
「琥太郎はええ子やな」ってほめてくれて。

 たぶん、空耳なんだろうけど。
 俺でもええ子って言ってもらえる場所があるんだ、って思ったんだ。

 俺、生きててもいいのかな。生きることを許してもらえるのかな。
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