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一章

18、心配やったから【2】

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 欧之丞の家の前まで来たら、悲鳴が聞こえた。それと、うるさい物音も。たぶん何かが倒れたか、何かが壁にぶつかったか。そんな音やった。

「お清さんの声だわ」

 母さんの声は震えていた。父さんは脇に差している刀の柄を握りしめた。

「やめてください。坊ちゃんが死んでしまわれます」
「どうか堪忍してやってください。坊ちゃんは何も悪いことをなさってません」

 お清さんの他にも使用人がおるんやろう。叫ぶように頼んでいた。多分、欧之丞の母親に。
 この家は屋敷も庭も広いのに。家の中の声が、こんな通りにまで聞こえてくるやなんて。

「存在するだけで鬱陶しいのよ。あんたなんか生まれてこなければ、良かったんだわ」

 金切り声が聞こえて。それで、またバシンッ! っていう音がした。

 なに、それ。
 ぼくは、すとんと血の気が引いた気がした。

「あんたを身籠ったと知った時の絶望が、分かる? あんたが生まれた時に、いっそ殺してしまえばよかった」

 殺してしまえばって、欧之丞のことを?
 でも、あんたは欧之丞の母親なんやろ?

「……奥さま、どうかもう。坊ちゃんは物の道理が分かる子です。奥さまの言葉をちゃんと理解なさってるんです。そんな酷いことをおっしゃらないでください」
「なら、好都合だわ。私はあいつに嫁ぎたくなんてなかった。あんたなんかいらなかった。あんたは私を苦しめる呪いの子よっ」

 呪い? 実の子に、酷い言葉を投げつけるあんたが欧之丞に呪いをかけてるんじゃないか。
 欧之丞はあんなに素直で、まっすぐで。愛らしくて。
 なのに、どうしてそんなに嫌うんだよ。

「ああ、そうか。分かった。自分が汚らしいから。だから、きれいな欧之丞が嫌いんや。欧之丞を見とったら、あの母親は自分の汚さがはっきりするから」

 ぽつりと呟くと、波多野がぎょっとした顔をした。
 けど、父さんと母さんは表情を変えんかった。

 ぼくのこういうところを、父さんも母さんも否定せぇへん。
 にこにこした穏やかなええ子やって、よく皆から言われるけど。
 ほんまは違う。

 欧之丞の母親は、息子に呪いをかけるけど。
 ぼくの言葉は多分、相手の急所をえぐるんや。

 誰に教えられたわけでもない。父さんの後継ぎとして、頼りなさそうに見えるから。散々、馬鹿にされた結果、相手を黙らせるために身につけただけや。

「蒼一郎さん。欧之丞さんの声が聞こえないわ」
「ああ……まずいな」

 母さんに単衣の袖を掴まれて、父さんが険しい顔をした。

「琥太郎、波多野、行くで。絲さんはここで待っとき。琥太郎と欧之丞が出てきたら、守ったってくれ」

 母さんは「はい」と返事した。
 母さんは体も気も弱いけど、結婚前から極道の家で暮らしとうから。なんかあったときには、すごい強い。
 母さんが取り乱さへん時は、逆に非常時なんや。

「琥太郎。大丈夫やな」
「うん」

 父さんは、ぼくを一人前と認めてくれとうから、連れて行ってくれる。
 怖いけど……けど、もっと怖くて痛い目に遭うてるんは欧之丞なんや。

 ぼくは、欧之丞のお兄ちゃんなんやから。
 生まれて初めて「お兄ちゃん」って呼んでくれた子なんやから。
 あの子の手を引いて、明るくてすやすやと眠れる場所に連れていったらなあかんねん。
 それで目が覚めたら、二人でにっこりと笑うんや。

「三條や。失礼するで」

 父さんはそう言うと、高瀬の家の門を開いた。
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