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一章
16、朝のお出かけ【3】
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「朝靄に、木の葉の色が映っとんかなぁ」
「じゃあさ。俺らのいろもうつる?」
欧之丞が突然、身を乗り出したから。父さんは慌てて欧之丞の小さい体を支えた。もちろん片手で。
うわー、びっくりした。落ちてしまうやん。
父さんとぼくは顔を見合わせた。
欧之丞はびっくり箱や。何をするか分からへん。
父さんは声には出さずに、すぐに欧之丞を抱えなおした。
「欧之丞、暴れたらあかんで。この高さから落っこちたら骨折するからな」
「うんっ」
返事はええんやけどなぁ。
でも、父さんはすごいなぁ。波多野とかもぼく一人やったら抱え上げるけど。さすがに欧之丞と二人やったら、割ときついんちゃうかな。
ちなみに母さんは、ぼく一人でも抱っこできへん。どんなに頑張っても、足が地面から離れへんねん。
「琥太郎さんが三歳くらいまでは、ちゃんと抱っこできたのよ」と申し訳なさそうに言うとった。
気にせんでええのにな。母さんのお膝に座って頭を撫でてもらえるだけで、ぼくは嬉しいんやから。
ま、父さんにからかわれるから。口にはせぇへんのやけど。
クヌギの幹には、うじゃっと虫が集まっとった。
カブトムシにクワガタ、それからコガネムシやろか。あと、なんか小さいのがうじゃうじゃ。
うぅ、気味悪いなぁ。
「うわっ、うわーっ。なんかでかいのがいる」
欧之丞は、目を丸くしてクヌギの幹を凝視した。
「角が一本のがカブトムシで、二本のがクワガタやな」
「ミヤマクワガタやで。深山って名前やけど、この辺は低地でもおるねん。砂糖水を塗っといたから、集まって来たんやで」
父さんの言葉に、慌ててぼくは付け足した。
もーぉ、ちゃんと説明したらんと、いつでもどこでも虫が捕れると欧之丞が勘違いするやんか。
欧之丞は、瞳をきらきらと煌めかせている。
「もしかして初めて見たん?」と問いかけると「うん、うん」と何度もうなずく。
そうか。トンボは庭に来るかもしれへんけど。さすがにクワガタとかは来ぉへんよな。
「ほら、二人とも掴んでみ」
「えっ、ぼくはええわ。遠慮しとく」
父さんは「またそんなこと言うて」みたいな顔をしたけど。口には出さんかった。
けど欧之丞は「えんりょなんてしなくていいよ。ほら、こたにいからお先にどうぞ」と、突然いい子になった。
でも、そのいい子はぼくにとっては迷惑でしかないんやけど。
「欧之丞が捕ったらええで。ぼくが見といたるから」
「いやー、そんなぁ。年上のこたにいをさしおいて、俺がいちばんだなんて」
やめぇや。意味のない遠慮は。
「まぁ、年上として手本を見せてやったらどうや?」
うわ、父さんまで迷惑なことを言いだした。
けど、さすがにそこまで言われて逃げることもできへん。
ぼくは深呼吸して、その後で息を止めて小さいクワガタに手を伸ばした。
大きいのんは怖いやん。
「取った。はい、父さん。しまって」
「へ? 急やな」
父さんは慌てて竹で出来た虫籠の蓋を開く。ぼくはその中にぽいっとクワガタを放り込む。
あー、気持ち悪かった。
けど、ぼくはお兄ちゃんなんやから、そんなことは一切顔には出さへんねん。
「欧之丞もどうぞ。たくさんおるから、いっぱい捕ってもええで」
「ありがとう。こたにいはやさしいなぁ」
うっ。ちょっと心が痛んだ。
そして欧之丞は両手でカブトとクワガタを掴んで、それを服に止まらせた。なんかブローチとか帯留めみたいや。
「すごいなぁ。かっこいいなぁ」
「よかったなぁ」
「こたにい。俺のために大きいのを残してくれたんだろ?」
え?
欧之丞はやっぱりきらめく瞳でぼくを見つめた。
「ちゃう」と言えば欧之丞を傷つけるかもしれへんし。かといって「そうや」と嘘もつかれへんし。
困った。
小さい子の相手をするんは、ほんまに大変なんやなと悟った五歳の夏やった。
あと、笑いを噛み殺してるのか唇を引き結んで、妙な顔をしている父さんのことがすっごい気になる。
きっと家に帰ったら、母さんにぼくのことを報告するんやろ。
あー、もうっ。恥ずかしいやんか。
「じゃあさ。俺らのいろもうつる?」
欧之丞が突然、身を乗り出したから。父さんは慌てて欧之丞の小さい体を支えた。もちろん片手で。
うわー、びっくりした。落ちてしまうやん。
父さんとぼくは顔を見合わせた。
欧之丞はびっくり箱や。何をするか分からへん。
父さんは声には出さずに、すぐに欧之丞を抱えなおした。
「欧之丞、暴れたらあかんで。この高さから落っこちたら骨折するからな」
「うんっ」
返事はええんやけどなぁ。
でも、父さんはすごいなぁ。波多野とかもぼく一人やったら抱え上げるけど。さすがに欧之丞と二人やったら、割ときついんちゃうかな。
ちなみに母さんは、ぼく一人でも抱っこできへん。どんなに頑張っても、足が地面から離れへんねん。
「琥太郎さんが三歳くらいまでは、ちゃんと抱っこできたのよ」と申し訳なさそうに言うとった。
気にせんでええのにな。母さんのお膝に座って頭を撫でてもらえるだけで、ぼくは嬉しいんやから。
ま、父さんにからかわれるから。口にはせぇへんのやけど。
クヌギの幹には、うじゃっと虫が集まっとった。
カブトムシにクワガタ、それからコガネムシやろか。あと、なんか小さいのがうじゃうじゃ。
うぅ、気味悪いなぁ。
「うわっ、うわーっ。なんかでかいのがいる」
欧之丞は、目を丸くしてクヌギの幹を凝視した。
「角が一本のがカブトムシで、二本のがクワガタやな」
「ミヤマクワガタやで。深山って名前やけど、この辺は低地でもおるねん。砂糖水を塗っといたから、集まって来たんやで」
父さんの言葉に、慌ててぼくは付け足した。
もーぉ、ちゃんと説明したらんと、いつでもどこでも虫が捕れると欧之丞が勘違いするやんか。
欧之丞は、瞳をきらきらと煌めかせている。
「もしかして初めて見たん?」と問いかけると「うん、うん」と何度もうなずく。
そうか。トンボは庭に来るかもしれへんけど。さすがにクワガタとかは来ぉへんよな。
「ほら、二人とも掴んでみ」
「えっ、ぼくはええわ。遠慮しとく」
父さんは「またそんなこと言うて」みたいな顔をしたけど。口には出さんかった。
けど欧之丞は「えんりょなんてしなくていいよ。ほら、こたにいからお先にどうぞ」と、突然いい子になった。
でも、そのいい子はぼくにとっては迷惑でしかないんやけど。
「欧之丞が捕ったらええで。ぼくが見といたるから」
「いやー、そんなぁ。年上のこたにいをさしおいて、俺がいちばんだなんて」
やめぇや。意味のない遠慮は。
「まぁ、年上として手本を見せてやったらどうや?」
うわ、父さんまで迷惑なことを言いだした。
けど、さすがにそこまで言われて逃げることもできへん。
ぼくは深呼吸して、その後で息を止めて小さいクワガタに手を伸ばした。
大きいのんは怖いやん。
「取った。はい、父さん。しまって」
「へ? 急やな」
父さんは慌てて竹で出来た虫籠の蓋を開く。ぼくはその中にぽいっとクワガタを放り込む。
あー、気持ち悪かった。
けど、ぼくはお兄ちゃんなんやから、そんなことは一切顔には出さへんねん。
「欧之丞もどうぞ。たくさんおるから、いっぱい捕ってもええで」
「ありがとう。こたにいはやさしいなぁ」
うっ。ちょっと心が痛んだ。
そして欧之丞は両手でカブトとクワガタを掴んで、それを服に止まらせた。なんかブローチとか帯留めみたいや。
「すごいなぁ。かっこいいなぁ」
「よかったなぁ」
「こたにい。俺のために大きいのを残してくれたんだろ?」
え?
欧之丞はやっぱりきらめく瞳でぼくを見つめた。
「ちゃう」と言えば欧之丞を傷つけるかもしれへんし。かといって「そうや」と嘘もつかれへんし。
困った。
小さい子の相手をするんは、ほんまに大変なんやなと悟った五歳の夏やった。
あと、笑いを噛み殺してるのか唇を引き結んで、妙な顔をしている父さんのことがすっごい気になる。
きっと家に帰ったら、母さんにぼくのことを報告するんやろ。
あー、もうっ。恥ずかしいやんか。
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