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一章

15、朝のお出かけ【2】※欧之丞視点

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 きこきこと前方から音が聞こえた。自転車だ。リヤカーを引いているから、ぎゅうにゅうやさんかな?

 突然、キーッ! とけたたましい音を立てて、自転車がとまった。

カシラ。何してはるんですか」
「まず挨拶やろ、質問はそれからや」

 蒼一郎おじさんは、自転車をこいでいる男をぎろっとにらみつけた。
 正確には、ぼくの場所からは蒼一郎おじさんの目つきは見えない。だって肩の上だから。
 でも、その男がぶるっと震えたから。おじさんがにらんだんだろう、と思ったんだ。
 ヤクザの家って、きびしいんだなぁ。

「お、おはようございます」
「商売の基本やで。忘れんとき」

 ん? しょうばい? 思っていたしかられ方と、なんかちがう。
 かちゃかちゃと牛乳びんの音を立てながら、自転車とリヤカーは去っていった。

「さよーならー」と俺が手をふると、蒼一郎おじさんが俺を見上げてきた。

「おっ? 欧之丞は礼儀正しいな」
「ぼくかて、できるもん。『ごきげんよう』」

 左肩にのってるこたにいが、牛乳のおじさんに手をふる。おじさんはおどろいて口をぽかんと開けて、こっちを見てるし。
 蒼一郎おじさんは、せいだいに笑ってる。

「そら、普段から絲さんの挨拶を聞いとったら、そうなるわな」
「え? ぼくのあいさつ、おかしいん?」
「琥太郎はお嬢さんやのうて、どっちかといえばお坊ちゃんとちゃうか?」

 蒼一郎おじさんに言われて、こたにいは「うそ……」とうつろな声を出した。
 知らなかった。俺、こたにいはてっきり男の子だと思ってた。

「もしかして、こたねえ?」
「ちゃう。女の子とちゃうから」
「んー? 別に琥太郎が女の子でも構わへんで。どっちにしても可愛いから」

 呑気に返す蒼一郎おじさんの黒い髪を、こたねえはがしっと掴んだ。

「父さん。冗談でもそういうこと言わんといて。欧之丞、ぼくは女の子とちゃうからな」
「むりしなくていいよ。こたねえは女の子だから、虫が苦手なんだね」
「ちゃうって言うとうのに……。その優しい目ぇやめぇや」

 優しい目? 自分じゃ分からないから、首を傾げた。

「こたねぇは花も詳しいし」
「じゃあ、植物學者は全員女なんか? あと呼び名は戻して」

 こたねえ……じゃなくてこたにいは肩を落とした。
「ぜったいに男やからな」とか「ぼくよりも欧之丞の方が、頼りないやん」とか文句が終わらなくて。
 しょうがないから、こたにいが男ってことを俺は認めたんだ。

 そういえば、いっしょにお風呂入った時。ついてたような気がする。

 蒼一郎おじさんの肩に乗ったまま坂を上がり、途中で道をそれた。草がぼうぼうで、木がたくさん生えているから森かな。
 これまでは朝の光で眩しかったのに。森の中はうすみどりいろの空気に包まれとった。

「うわー、何これ。すごいぞ」
「朝靄っていうんやで。目ぇこらしてみ。小さい小さい水の粒が見えるから」

 蒼一郎おじさんが説明してくれたけど。朝に出る霧は白いけど。靄って緑色なのかな。

「なぁ、父さん。もやって、みどりいろなん?」

 こたにいは、俺とおんなじことを考えていたみたいだ。
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