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一章

8、照れてないし

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 その後、欧之丞はうちによう遊びに来た。
「こーたーにぃ、あーそーぼー」と、門の外で大声をあげるんや。

 ヤクザの家のでかい門の前で、そんな呑気な声で呼ぶ子は欧之丞以外におらへん。

 ずっと寝込んどった欧之丞のことをよう知らんかった組員は「なんや、ガキ。何しに来てん」と、脅しとったけど。
 あいつ、そういうの怖がらへんよな。

「『こたにい』ってなんやねん」
「えー。こたろうおにいちゃんは、ながいから。口がつかれる」

 どういう理屈で縮めとんのや。
 結局、縁側でぼくと欧之丞は本を読んで過ごすんや。

 母さんがお菓子とお茶を運んで来てくれて。
 欧之丞は小さいくせして、甘いものが苦手やから。のし梅とか、あられとかおかきとか、果ては酢昆布とかを好んだ。
 子どもとは思われへん渋さやで。

「はい。琥太郎さんは亀山ね。欧之丞さんは磯辺焼きね」

 ぼくの前には、お餅に汁気のない小豆がかけられた亀山。欧之丞は醤油を塗ったお餅に海苔を巻いたのん。
 
「それ、なんかご飯みたいやな」

 ぱりっと小気味よい音を立てる海苔と、みょーんと伸びる餅を眺めながら、ぼくは甘い小豆を口に含んだ。

「おもちって、ごはんみたいだから。あまいほうがへんだもん」

 へー、そういう考え方か。
 なるほど、せやから甘いお菓子が苦手なんやな。
 じゃあ、西洋のケェキなんかはパンと思てんのかな。

 欧之丞は縁側から足をぶらぶらさせながら、空を眺めとった。

「なぁ、こたにい。あのとり、なんていうん?」
「ん? 白鷺やなぁ」
「にゃーってなくヤツ?」
「それはウミネコやろ。この間教えたやん」

 ぼくは優美な白い鳥を眺めながら、やっぱりむにーっと亀山を食べた。

「なぁ、こたにい。こたにいってよんだら、ダメなのか?」
「別に、そんなこと言うてへん」
「じゃあ、こたにいってよんでもいい?」
「もう呼んでるやん」

 ぼくは欧之丞から視線をそらすために、横を向いとったのに。
 あいつは遠慮なしやから、身を乗り出してきて、ぼくの顔を覗きこんだんや。

「なぁ、こたにい。かおがあかいよ」
「……別に赤ないし」
「みみもまっか」
「赤ないって、言うとうやん」

 ぼくは両手で耳を押さえた。
 自分では色は分からへんけど。ぼくの耳たぶはめちゃくちゃ熱かった。

 お茶のお代わりにやって来たんやろか。いつの間にか母さんが背後に立っとって、それで……必死に笑いを堪えとった。

 もうっ。欧之丞のあほ。
 母さんに笑われたやんか。
 ぼくはお利口で利発で賢い琥太郎やねんで。せやのに欧之丞とおったら……すっごい調子が狂うんや。

 母さんが、ぼくのお湯呑みにお茶を足してくれる。その時に、耳元でそっと囁かれたんや。
「よかったわね。お兄ちゃん」って。

 ぼくは子どもやったから、よう知らんかったけど。
 どうやら、母さんはぼくに弟や妹がおらへんことを、寂しい思いをさせてると感じとったらしい。

 父さんは、母さんが大事やから。琥太郎がいてくれるから、子どもは増えんでも問題ないと言うとったけど。
 周りがそうは思わんかったんやろな。

 どこの人か知らんけど。父さんに「奥さんは体が弱いんですから、妾を囲ったらどうですか。もっと息子がおった方がええでしょ」とか言う客がおった。
 妾の意味はよう分からんかったけど。
 
 父さんが「世の中には言うてええ冗談と悪い冗談があって。あんたが言うたんは後者や。あんたんとことの取り引きは中止する。今後も一切関わることはない」と、そいつを追い返した。

 多分、父さんの一番踏んだらあかん部分を無神経に、しかも土足で踏みにじったんやろ。

 一人っ子でも別に寂しくなんかないし、友達がおらへんのも気にならへん。
 どうせヤクザの子ぉやからって、遠巻きにされとうし。五歳にしてもう慣れた。
 そもそもぼくは五歳にしては利発やから、その辺の子どもと話しが合うはずもない。

 寂しいとか思たこともないし、浜辺で楽しそうに遊んどう子どもを見ても「ふーん」くらいにしか思わんかったけど。

 でも、不思議なんや。
 一人でいる時よりも、欧之丞とおる時の方が楽しいねん。

 欧之丞は、言葉もつたないし。普通の四歳くらいの子で、手ぇもかかるのに。
 なんでやろ。
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