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一章

7、またおいで

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 欧之丞が元気になるまで、しばらくかかった。あんまり動くと、傷口が開くからや。

 ぼくが縁側で本を読んでると、いそいそとやってきて隣に座る。
 欧之丞は小さいから、ぼくみたいに本を読むことはできへん。
 それでも、やたらと覗きこんでくるから。仕方なく文字を教えたるんや。

ぼん。こっちに来ませんか? 刀の使い方を教えてさしあげますよ」
「かたなぁ?」

 庭におった波多野に声を掛けられて、欧之丞はぱぁっと顔を輝かせた。
 いっつもは母さんの世話役とか、経理(何の仕事か、ぼくはよう知らんけど)っていうのをやってる波多野は、珍しく鍛錬をしとった。

「あかんて、波多野。欧之丞はまだ傷がふさがってへんのやから」
「そうですか、残念です。若がこういうの嫌うから……せめてもと思って」

 ううっ。ごめん。
 でも、実際に戦ったりしたら怪我人が出るし。抗争ってのに発展したら、いっぱい人が死ぬやんか。
 しかも町の人も巻き添えにしてしまうで。

 それやったら、先に相手と交渉して争いを避けるか。あるいは相手が戦う気持ちをなくすような策を考えた方がええと思うんやけど。
 二度と、うちに手ぇ出したならへんような……。
 
 父さんに、そういう話をしたら「せやなぁ。琥太郎の考えはええと思うで。でも、分かってくれる奴は少ないかもしれへんなぁ」と言うてくれた。

◇◇◇

 元気になった欧之丞は、明日には家に帰ることになった。

 母さんは「蒼一郎さん。本当に大丈夫なんでしょうか」と不安そうに父さんの羽織の袖を引っ張るし。
 父さんは「いっそうちの養子にしたいとこやけど。両親が健在やからな」とため息をついた。

 その日の夜。やっぱりぼくは欧之丞のおる客間で寝ることにした。
 欧之丞がうちに来てから十日ほど。
 一回も自分の部屋で寝てへん。

 欧之丞も自分の家に帰ることを知っとうから、その夜はなかなか寝ぇへんかった。

「こたろうおにいちゃん。ほら」

 掛け布団をめくった欧之丞は、布団の中に小さな花を入れとった。

「俺、もうおぼえたよ。これはれんげ草」
「そうやで。庭で見つけたん?」
「うん。たんぽぽもとろうかなとおもったんだけど。ほとんどが白いふわふわになってた」
「綿毛やな。吹いてみたか? 種が空に飛んでいって面白いで」

 へーぇ、と欧之丞は目を輝かせた。
 
「何かあったら……ううん、何もなくてもうちにぃや」
「あそびにきてもいいの?」
「もちろんやん。ぼくは欧之丞の兄ちゃんやで」

 ふふ、と欧之丞が微笑みを浮かべる。
 大声で笑う子ぉやないけど。この十日で、ほんまに表情が豊かになった。

 翌朝。しとしとと小雨の降る中を、お清さんに連れられて欧之丞は家に帰っていった。

 欧之丞の父親から預かったお金を、お清さんは父さんに渡そうとしてたけど。結局父さんは、それを受け取らんかった。

「何ともなければいいのに。もう欧之丞さんが傷つくようなことがありませんように」

 母さんは、神さまに祈るように手を組んどった。
 ぼくも母さんとおんなじ気持ちやった。
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