上 下
4 / 103
一章

4、地主の息子【2】

しおりを挟む
「欧之丞さん。お薬を飲まないといけないんですけど。その前に何かお腹に入れないとね」

 母さんが盆に薬袋と水の入ったコップ、それに季節の苺を載せて客間に入ってきた。

「おばさん、こたろう兄ちゃんのおかあさん?」
「ええ、絲というのよ」
「いとおばさん?」

 母さんは、こくりと頷いた。
 うちにおるんは男ばかりで、女の人というたら母さんだけや。せやから、他の「お母さん」というのをぼくは、よう知らへんのやけど。
 あんまり、おばさんという風には見えへんよなぁ。

「ちょっと酸っぱいかもしれないんだけど。お砂糖をかける?」
「んーん。あまいのにがて」

 欧之丞は布団の上で体を起こした。
 苺の載った皿を受け取ろうとして、小さな手を差し出したけど。母さんは匙に苺を載せて、それを欧之丞の口許に差し出した。

「え? あの」
「大きなお口を開けないと、苺が落ちちゃうわ」
「う、うん」

 戸惑いながらも、欧之丞は「あーん」と口を開いた。
 ついでにぼくまで口を開いてしもたんは、内緒や。
 けど、客間に入ってきた父さんに見られてしもて。慌てて手で口を覆ったけど。
 明らかに父さんは笑いをこらえとった。だって、肩が震えとったんやもん。

「ええなぁ、欧之丞。俺も絲さんに『あーん』ってしてもらいたいわ」
「これ、とくべつ?」
「せやで。俺なんか、滅多にしてもらえへん。琥太郎はまだしてもらえる方やけどな」

 羽織を着て、腕を組む父さん。欧之丞は「そっか、とくべつなんだ」と嬉しそうに微笑みながら、苺を食べていた。
 
 もう、父さん。余計なこと言わんといてほしいわ。ぼくは「お兄ちゃん」って呼ばれたんやで。そんなの子どもっぽくて恥ずかしいやんか。

 自分でも気づかん内にほっぺたが膨らんどったんやろか。
 急に父さんの大きい指が、ぼくのほっぺたをつついた。

 ぷすーんと口から抜けていく空気。

「な、なにすんの。やめてぇや」
「いや。琥太郎が可愛いから、つい」

「つい」ってなんやねん。父さんはもうええ年の大人やろ? そういうの、どうかと思うねんけど。

「なぁ、絲さん。可愛い子は構いたなるよな」
「構いたくはなるんですけど。虐めたくはなりませんねぇ」

 欧之丞に薬を飲ませながら、母さんが苦笑する。
 父さんは、ぼくをひょいっと抱き上げたと思うと(せやから恥ずかしいから、こういうのやめてぇや)母さんの隣に座った。
 ぼくを膝に乗せた状態で。

「欧之丞いうたな。ゆっくり休んでいき。お清さんは、俺も他のモンも知り合いや。なにも心配することあらへんで」
「……いいの? めいわくじゃない?」
「欧之丞はむさ苦しないから、迷惑ちゃうで」

 どういう理屈だよ。相手がむさ苦しい男だったら、追い出すんか? と考えて、うちにはむさ苦しいおっさんばかりが暮らしていることに気づいた。

 父さん、わりと可愛いモンが好きやんな。ぼくとか、母さんとか。

「いて、いいの?」
「も、もちろんやで。傷が治るまで、うちにおり。ぼくが欧之丞の面倒見たげるから」

 ぼくは、すごくいいことを言ったのに。
 よくよく考えたら、父さんの膝に座った状態やった。

 あかん、かっこわる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

今、夫と私の浮気相手の二人に侵されている

ヘロディア
恋愛
浮気がバレた主人公。 夫の提案で、主人公、夫、浮気相手の三人で面会することとなる。 そこで主人公は男同士の自分の取り合いを目の当たりにし、最後に男たちが選んだのは、先に主人公を絶頂に導いたものの勝ち、という道だった。 主人公は絶望的な状況で喘ぎ始め…

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...