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一章

4、地主の息子【2】

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「欧之丞さん。お薬を飲まないといけないんですけど。その前に何かお腹に入れないとね」

 母さんが盆に薬袋と水の入ったコップ、それに季節の苺を載せて客間に入ってきた。

「おばさん、こたろう兄ちゃんのおかあさん?」
「ええ、絲というのよ」
「いとおばさん?」

 母さんは、こくりと頷いた。
 うちにおるんは男ばかりで、女の人というたら母さんだけや。せやから、他の「お母さん」というのをぼくは、よう知らへんのやけど。
 あんまり、おばさんという風には見えへんよなぁ。

「ちょっと酸っぱいかもしれないんだけど。お砂糖をかける?」
「んーん。あまいのにがて」

 欧之丞は布団の上で体を起こした。
 苺の載った皿を受け取ろうとして、小さな手を差し出したけど。母さんは匙に苺を載せて、それを欧之丞の口許に差し出した。

「え? あの」
「大きなお口を開けないと、苺が落ちちゃうわ」
「う、うん」

 戸惑いながらも、欧之丞は「あーん」と口を開いた。
 ついでにぼくまで口を開いてしもたんは、内緒や。
 けど、客間に入ってきた父さんに見られてしもて。慌てて手で口を覆ったけど。
 明らかに父さんは笑いをこらえとった。だって、肩が震えとったんやもん。

「ええなぁ、欧之丞。俺も絲さんに『あーん』ってしてもらいたいわ」
「これ、とくべつ?」
「せやで。俺なんか、滅多にしてもらえへん。琥太郎はまだしてもらえる方やけどな」

 羽織を着て、腕を組む父さん。欧之丞は「そっか、とくべつなんだ」と嬉しそうに微笑みながら、苺を食べていた。
 
 もう、父さん。余計なこと言わんといてほしいわ。ぼくは「お兄ちゃん」って呼ばれたんやで。そんなの子どもっぽくて恥ずかしいやんか。

 自分でも気づかん内にほっぺたが膨らんどったんやろか。
 急に父さんの大きい指が、ぼくのほっぺたをつついた。

 ぷすーんと口から抜けていく空気。

「な、なにすんの。やめてぇや」
「いや。琥太郎が可愛いから、つい」

「つい」ってなんやねん。父さんはもうええ年の大人やろ? そういうの、どうかと思うねんけど。

「なぁ、絲さん。可愛い子は構いたなるよな」
「構いたくはなるんですけど。虐めたくはなりませんねぇ」

 欧之丞に薬を飲ませながら、母さんが苦笑する。
 父さんは、ぼくをひょいっと抱き上げたと思うと(せやから恥ずかしいから、こういうのやめてぇや)母さんの隣に座った。
 ぼくを膝に乗せた状態で。

「欧之丞いうたな。ゆっくり休んでいき。お清さんは、俺も他のモンも知り合いや。なにも心配することあらへんで」
「……いいの? めいわくじゃない?」
「欧之丞はむさ苦しないから、迷惑ちゃうで」

 どういう理屈だよ。相手がむさ苦しい男だったら、追い出すんか? と考えて、うちにはむさ苦しいおっさんばかりが暮らしていることに気づいた。

 父さん、わりと可愛いモンが好きやんな。ぼくとか、母さんとか。

「いて、いいの?」
「も、もちろんやで。傷が治るまで、うちにおり。ぼくが欧之丞の面倒見たげるから」

 ぼくは、すごくいいことを言ったのに。
 よくよく考えたら、父さんの膝に座った状態やった。

 あかん、かっこわる。
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