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一章

1、出会い【1】

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 数えで五歳のぼく三條琥太郎さんじょうこたろうは、のんびりと散歩しとった。
 母さんに手を引かれて、春霞にぼんやりと見える海峡越しの島を眺める。

「母さん。もっとゆっくり歩いてもええで」
「大丈夫よ。琥太郎さんは優しいのね」

 ふわふわの栗色の髪が、温かな風に揺れている。家に来ることのある大人は「坊ちゃんは、お父上に似ればよかったのに」と言うけど。

 でも、うちの組員は「ええんです。若はいとお嬢さんのかわいらしいとこを受け継いどうから、問題あらへんのです」と言い返すし。
 父さんにいたっては「ああ。俺に似んで、ほんまによかった」と抱きしめる。

 うちは三條組というヤクザやから、母さんは本来は極道の妻とか姐さんという立場なんやろけど。
 どうにも、ほわほわしてそんな雰囲気やない。

 しかも、父さんを筆頭に組員全体で母さんの健康を守るという雰囲気やから。
 時々、自分がヤクザの家に生まれたということを忘れるわ。

 それに「五歳にしては生意気な口をきく子だ」と悪口を言われたら、組員は「あーぁ? うちの若にいちゃもんつける気か。われぇ」と啖呵を切るし。
 やはり父さんにいたっては「可哀想になぁ。琥太郎が賢すぎるから嫉妬しとん? 五歳児に嫉妬とか虚しくならへん?」とか、意地悪を言った相手が同情される始末や。

 子どもって、愛されて育つもんなんやなぁ。と、ぼくは五歳にして達観した。
 ふっ、達観って最近覚えた言葉やねん。かしこそうやろ? 実際、ぼくはかしこいけどな。
 せやから、全然子どもらしくないって言われても、別に気にならへん。

「どうしたの? 琥太郎さん、にやにやして」
「んーん。なんでもあらへん」

 母さんは小首を傾げたけど、にっこりと微笑んだ。
 
「ご本、重かったらお母さんが持つわよ?」
「大丈夫。自分のやもん」

 ぼくは本を読む量が多いから、全部を買ってもらっていたら部屋が本で埋まってしまう。
 それに子どもの本は文章も内容も薄いから、今は貸本屋に本を借りに行くのが日課になっている。

「今日は母さんがついて来てくれて、うれしいなぁ。組の人と一緒やったら、貸本屋のおじさんが怖がるんやもん」
「まぁ、琥太郎さんったら。わたしも琥太郎さんとお出かけできて、とても嬉しいわ」

 ぼくの小さな手を、やっぱり小さな母さんの手が握りしめてくる。けど、母さんは大人にしては力が弱いから、ぼくがしっかりと握っとかんと手がほどけてしまうんや。

 母さんの着物の懐に入っとう手巾ハンカチからラヴェンダーの香りが、風に乗ってふわりと漂う。
 母さんと一緒やと、静かで心が落ち着くなぁ。

 今日もいつものように家に帰って、縁側で本を読んで過ごすんやと思とった。
 それくらい、穏やかで呑気な午後やったんや。
 せやのに……。

「こ、琥太郎さん。人が倒れているわ」

 ぼくの手を握る母さんの指に、ぎゅっと力がこもる。その細い指が、小刻みに震えているのが伝わってきた。

 どうせ、どっかのならず者がうちの組員に絡んで、返り討ちにうたんとちゃうんかな? いちいちそんなの怖がっとったら、ヤクザの家で生きていかれへんで。

 ため息をつきながら、母さんの視線の先を追った。
 あれ? ゴロツキとかチンピラやない。子どもや。
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