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番外編
1、京香の来訪
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武東京香は、紙袋を持って夏の山道を上がっていた。
裏山に造られた神社の管理人になって二年、時折こうして夫婦の益神のために差し入れというか、奉納をする。
右手に紙袋、左手には重そうな瓶を持ち、険しい山道も何のそのハイヒールでざくざくと進んでいく。
通い慣れた道だから、どこに滑りやすい石があるのか、すでに頭に入っている。
小さな祠の後ろには、かつて銀を掘り起こしていた坑道跡があり、そこには神域を表す紙垂と注連縄が掛けられている。
「ちょっとぉ。いるんでしょ。出てきなさいよ。京香ちゃんが来てあげたのよ」
「なんだ、おぬし。また来たのか、酔狂だな」
まるで暖簾でもめくるかのように紙垂を手で払って、面倒くさそうに現れたのは空蝉だ。
かつては銀色の髪と緋色の目をしていたが、今では黒髪と琥珀色の瞳だ。ただし着ているのが着流しの着物と羽織だから、商家の若旦那風に見えてしまう。
「京香さん、こんにちは」
空蝉に続いて現れたのは、益神の妻である螢。こっちはさらに問題だ。いまだにセーラー服姿なのだから。
「ねぇ、その格好ってさ、空蝉の趣味なわけ?」
「え? いえ、そんなことないですよ。まだ着られるから、勿体ないかなって思って」
「ばっかねー。あんた、仮にも神さまになったんでしょ。セーラー服の神さまとか、どういうこと? もしお参りに来た人が、あんたの姿を見たら困惑するでしょ」
京香が文句を並べ立てるので、螢は怯えた様子で空蝉の背後に隠れた。
「あんたねー、いつになったらあたしに慣れるのよ」
「いえ、慣れてますけど」
「はぁぁ? 片目しか見えてませんけど? 体の九割くらい、空蝉に隠れてますけど?」
まったく腹が立つと思いつつも、京香はどこかで分かっていた。
自分もかつての夫も、そして今の夫も、この少女を殺そうとしたことがあるのだ。
たとえもう危害を加えないと繰り返して言ったところで、根本の部分の怯えは消せはしないだろう。
それもあって、こうして祠に足を運んでいるというのに。
「ほら、秋杜さんから差し入れよ。ありがたく受け取りなさい」
ぐいっと紙袋と瓶を空蝉に押し付ける。
本当は螢と仲良くなりたいけれど、どうやら随分と時間がかかりそうだ。
「それから今夜、町で花火大会があるの。気分転換に行って来たらどう?」
「花火大会? それは人が集まるものなのか」
「そりゃそうでしょ」
「人前に我らが出て行っていいのだろうか」
「なぁに言ってんのよ! 平気、平気」
ぱぁん、と京香は空蝉の肩を叩いた。かつては触れることもできなかったが、今はむしろ触れれば触れるほど福が訪れるらしい。
つい先日訪れた時も、空蝉の背中を叩いたら、いいことがあったのだ。
といっても、さすがに神さまを叩いちゃいけないわよね、と京香は心の中で舌を出した。
◇◇◇
京香が帰った後、住居代わりの坑道跡で、螢と空蝉は向かい合って座っていた。
一見洞穴に見えるけれど、中は暮らしやすいようにしつらえてある。
地面に畳を敷くわけにはいかないけれど。机に椅子、くつろぐための長椅子や寝台もちゃんとある。
「今日も賑やかでしたね、京香さん」
「まぁ、螢は静かな方だからな。たまにはうるさいのもいいだろう」
京香が差し入れてくれたのは、日本酒の一升瓶と浴衣だった。
日本酒は、お神酒と分かるのだけど。
「この浴衣を着ろってことなのかしら」
空蝉の妻となってから、暑さや寒さをあまり感じないから、長袖のセーラー服でも気にならなかったけれど。
「これはおそらく、この浴衣を着て花火大会とやらに行けということなのではないか?」
「そうなの?」
「うむ。あいつはやたらとうるさいくせに、情報をちゃんと出さぬからな」
空蝉は用意された浴衣と帯と「帯の締め方」と書かれた説明をまじまじと見つめていた。
そして心の中で「うむ、任せておけ」とうなずいた。
裏山に造られた神社の管理人になって二年、時折こうして夫婦の益神のために差し入れというか、奉納をする。
右手に紙袋、左手には重そうな瓶を持ち、険しい山道も何のそのハイヒールでざくざくと進んでいく。
通い慣れた道だから、どこに滑りやすい石があるのか、すでに頭に入っている。
小さな祠の後ろには、かつて銀を掘り起こしていた坑道跡があり、そこには神域を表す紙垂と注連縄が掛けられている。
「ちょっとぉ。いるんでしょ。出てきなさいよ。京香ちゃんが来てあげたのよ」
「なんだ、おぬし。また来たのか、酔狂だな」
まるで暖簾でもめくるかのように紙垂を手で払って、面倒くさそうに現れたのは空蝉だ。
かつては銀色の髪と緋色の目をしていたが、今では黒髪と琥珀色の瞳だ。ただし着ているのが着流しの着物と羽織だから、商家の若旦那風に見えてしまう。
「京香さん、こんにちは」
空蝉に続いて現れたのは、益神の妻である螢。こっちはさらに問題だ。いまだにセーラー服姿なのだから。
「ねぇ、その格好ってさ、空蝉の趣味なわけ?」
「え? いえ、そんなことないですよ。まだ着られるから、勿体ないかなって思って」
「ばっかねー。あんた、仮にも神さまになったんでしょ。セーラー服の神さまとか、どういうこと? もしお参りに来た人が、あんたの姿を見たら困惑するでしょ」
京香が文句を並べ立てるので、螢は怯えた様子で空蝉の背後に隠れた。
「あんたねー、いつになったらあたしに慣れるのよ」
「いえ、慣れてますけど」
「はぁぁ? 片目しか見えてませんけど? 体の九割くらい、空蝉に隠れてますけど?」
まったく腹が立つと思いつつも、京香はどこかで分かっていた。
自分もかつての夫も、そして今の夫も、この少女を殺そうとしたことがあるのだ。
たとえもう危害を加えないと繰り返して言ったところで、根本の部分の怯えは消せはしないだろう。
それもあって、こうして祠に足を運んでいるというのに。
「ほら、秋杜さんから差し入れよ。ありがたく受け取りなさい」
ぐいっと紙袋と瓶を空蝉に押し付ける。
本当は螢と仲良くなりたいけれど、どうやら随分と時間がかかりそうだ。
「それから今夜、町で花火大会があるの。気分転換に行って来たらどう?」
「花火大会? それは人が集まるものなのか」
「そりゃそうでしょ」
「人前に我らが出て行っていいのだろうか」
「なぁに言ってんのよ! 平気、平気」
ぱぁん、と京香は空蝉の肩を叩いた。かつては触れることもできなかったが、今はむしろ触れれば触れるほど福が訪れるらしい。
つい先日訪れた時も、空蝉の背中を叩いたら、いいことがあったのだ。
といっても、さすがに神さまを叩いちゃいけないわよね、と京香は心の中で舌を出した。
◇◇◇
京香が帰った後、住居代わりの坑道跡で、螢と空蝉は向かい合って座っていた。
一見洞穴に見えるけれど、中は暮らしやすいようにしつらえてある。
地面に畳を敷くわけにはいかないけれど。机に椅子、くつろぐための長椅子や寝台もちゃんとある。
「今日も賑やかでしたね、京香さん」
「まぁ、螢は静かな方だからな。たまにはうるさいのもいいだろう」
京香が差し入れてくれたのは、日本酒の一升瓶と浴衣だった。
日本酒は、お神酒と分かるのだけど。
「この浴衣を着ろってことなのかしら」
空蝉の妻となってから、暑さや寒さをあまり感じないから、長袖のセーラー服でも気にならなかったけれど。
「これはおそらく、この浴衣を着て花火大会とやらに行けということなのではないか?」
「そうなの?」
「うむ。あいつはやたらとうるさいくせに、情報をちゃんと出さぬからな」
空蝉は用意された浴衣と帯と「帯の締め方」と書かれた説明をまじまじと見つめていた。
そして心の中で「うむ、任せておけ」とうなずいた。
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