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六章
8、終わらぬ質問
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春見は奥座敷に本や筆記帳に紙を持ち込んで、文机に向かっている。
「誰が眠っていいと言いましたか? まだ質問は終わっていませんよ」
「……は……る……」
もう何度同じことをくり返されただろう。
螢は縄で足を縛られた状態で、畳の上に座っている。睡眠をとっていいのは、春見が眠っているときだけだ。
螢の瞼が閉じると、春見が螢の体を揺すって起こす。
それでも深い眠りに、一瞬落ちてしまった。
「手のかかる人ですね」
春見が立ち上がる気配がして、ようやく眠れるのだと思った。
だから、凍えるほどの冷たさを感じた時は、心臓が止まるかと思った。
「ひ……っ」
螢はまともに声を上げることもできなかった。
「よかった。目が覚めましたね」
にこやかな笑顔の春見が、螢の顔を覗きこんでくる。
胸元が凍りつくようだ。痛みを覚えるほどの冷たさから、なんとか逃れようともがく。
だが足を縄で縛られ、薬で自由の利かない体は、まともに動きもしない。
うつむくと、ようやくその冷たい塊が胸から離れた。
それが氷であることに、初めて気づいた。
春見が、螢の目を覚まさせるために、浴衣の中に氷を入れたのだ。
「では続けましょう。疫神は触れた物をすべて枯らしてしまう。だが螢さんだけは、まったく枯れないと。そうですね」
「……そう」
「植物も動物も、一様にですか?」
質問されても、薬を使われている状態では、頭が朦朧として眠くてしょうがない。
一度は目が覚めたのに、また瞼が重くなってくる。
今度は背中に氷を入れられた。
「きゃあっ!」
あまりの冷たさに、螢は悲鳴を上げる。
もがいても、ただ氷は浴衣の中で左右にずれるだけで、素肌から離れてくれない。
虚ろな瞳で横たわる螢を、春見は冷ややかに見下ろした。
「疫神がどこからやってきたか、分かりますか?」
「……知ら、ない」
あの恐ろしさに震えていた、島の少年のことを教えたくなくて。螢は首をふる。
「これは論文のためのデータ収集なのですよ。ずっと行動を一緒にしているなら、そういう話もするでしょう。さぁ、思いだしてください」
「……眠らせて。お願い」
「問いに答えれば、考えましょうか。疫神に関しての文献は少ないのです。紺田村には、疫神そのものがいたというのに。誰も伝承としての記録もしていない」
ちっ、と春見は舌打ちした。
「紺田村の出身でもない教授に、負けるわけにはいかないんですよ。封花祭をつかさどる黒羽のぼくの方が、詳しいはずなんです。聞いていますか、螢さん」
何度も縄を引っぱられたり、氷を浴衣に入れられたけど。抗えない睡魔に、螢は目を閉じた。瞼が重くて、開かない。
「えっ?」
突然、口をこじ開けられた。
薬のせいで自由にならない体では、逃れることもできない。
眠気が吹き飛んだ螢が目にしたのは、彼女の口に指を入れる春見の姿だ。その顔は無表情だ。
何か細い懐中電灯のようなもので、口の中を照らされている。
「な、なにを」
「ああ、静かに。口は閉じないでください。人の精気というものが、どこで生成されるのか確認したいのですが」
春見の指が、螢の喉の奥にさしこまれる。
「う……ぐぅ」
「疫神に関しては、分からないことが多いのですよ。封じている疫神を連れてきて、食事させるのが確実ですが。ぼくの螢さんに、そんな下卑たことはさせたくありませんし」
螢の苦悶など全く意に介さずに、春見は淡々とした様子で口の中を指でなぞる。
「いや……あっ」
耐え切れずに螢は、嘔吐した。
苦しい……苦しい。助けて、空蝉。
涙を流しながら、激しく咳きこむ螢を、春見はただ見下ろしている。
「誰が眠っていいと言いましたか? まだ質問は終わっていませんよ」
「……は……る……」
もう何度同じことをくり返されただろう。
螢は縄で足を縛られた状態で、畳の上に座っている。睡眠をとっていいのは、春見が眠っているときだけだ。
螢の瞼が閉じると、春見が螢の体を揺すって起こす。
それでも深い眠りに、一瞬落ちてしまった。
「手のかかる人ですね」
春見が立ち上がる気配がして、ようやく眠れるのだと思った。
だから、凍えるほどの冷たさを感じた時は、心臓が止まるかと思った。
「ひ……っ」
螢はまともに声を上げることもできなかった。
「よかった。目が覚めましたね」
にこやかな笑顔の春見が、螢の顔を覗きこんでくる。
胸元が凍りつくようだ。痛みを覚えるほどの冷たさから、なんとか逃れようともがく。
だが足を縄で縛られ、薬で自由の利かない体は、まともに動きもしない。
うつむくと、ようやくその冷たい塊が胸から離れた。
それが氷であることに、初めて気づいた。
春見が、螢の目を覚まさせるために、浴衣の中に氷を入れたのだ。
「では続けましょう。疫神は触れた物をすべて枯らしてしまう。だが螢さんだけは、まったく枯れないと。そうですね」
「……そう」
「植物も動物も、一様にですか?」
質問されても、薬を使われている状態では、頭が朦朧として眠くてしょうがない。
一度は目が覚めたのに、また瞼が重くなってくる。
今度は背中に氷を入れられた。
「きゃあっ!」
あまりの冷たさに、螢は悲鳴を上げる。
もがいても、ただ氷は浴衣の中で左右にずれるだけで、素肌から離れてくれない。
虚ろな瞳で横たわる螢を、春見は冷ややかに見下ろした。
「疫神がどこからやってきたか、分かりますか?」
「……知ら、ない」
あの恐ろしさに震えていた、島の少年のことを教えたくなくて。螢は首をふる。
「これは論文のためのデータ収集なのですよ。ずっと行動を一緒にしているなら、そういう話もするでしょう。さぁ、思いだしてください」
「……眠らせて。お願い」
「問いに答えれば、考えましょうか。疫神に関しての文献は少ないのです。紺田村には、疫神そのものがいたというのに。誰も伝承としての記録もしていない」
ちっ、と春見は舌打ちした。
「紺田村の出身でもない教授に、負けるわけにはいかないんですよ。封花祭をつかさどる黒羽のぼくの方が、詳しいはずなんです。聞いていますか、螢さん」
何度も縄を引っぱられたり、氷を浴衣に入れられたけど。抗えない睡魔に、螢は目を閉じた。瞼が重くて、開かない。
「えっ?」
突然、口をこじ開けられた。
薬のせいで自由にならない体では、逃れることもできない。
眠気が吹き飛んだ螢が目にしたのは、彼女の口に指を入れる春見の姿だ。その顔は無表情だ。
何か細い懐中電灯のようなもので、口の中を照らされている。
「な、なにを」
「ああ、静かに。口は閉じないでください。人の精気というものが、どこで生成されるのか確認したいのですが」
春見の指が、螢の喉の奥にさしこまれる。
「う……ぐぅ」
「疫神に関しては、分からないことが多いのですよ。封じている疫神を連れてきて、食事させるのが確実ですが。ぼくの螢さんに、そんな下卑たことはさせたくありませんし」
螢の苦悶など全く意に介さずに、春見は淡々とした様子で口の中を指でなぞる。
「いや……あっ」
耐え切れずに螢は、嘔吐した。
苦しい……苦しい。助けて、空蝉。
涙を流しながら、激しく咳きこむ螢を、春見はただ見下ろしている。
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