生贄の花嫁は、孤独な悪しき神に愛される

真風月花

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六章

4、春見の気持ち

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 春見は螢の布団の中に手を突っ込むと、強引に螢の左手を外へ出した。
 そのまましっかりと握ってくる。

 鼓動が速くなるが、これはもちろんときめきではなく、怖さからくるものだ。

(……空蝉。どうしたらいいの?)

 泣きたい気持ちになる。
 天井の明かりは消され、床の間近くに置かれた行灯だけがともっている。

「螢さん。こっちを向いてください」
「……いやよ」
「拒否すると、むりやりこちらを向かせますよ」

 冷ややかな声。恐る恐る螢は春見を見た。

 室内は暗く、天井付近は闇が濃い。ただ行灯が照らす春見の顔は、どこか嬉しそうだった。

「子どもの頃みたいですね。螢さんとよく一緒に昼寝をしました」
「そんなこともあったわね。何も知らない子どものままだったら、よかったのに」
「無理ですね」

 春見は断言した。

「ぼくの夢は、螢さんと結婚することだと言いましたよね。いとこ同士の結婚は、ないわけではない。でも両親は大反対でした。幼い子どもの夢を、二人は全力で叩きつぶしたんです」

「実の姉弟って知っているんですもの。当然よ」
「悔しかったんですよ。螢さんに男として見てもらえないことも」

 雨の音がさらに激しくなる。窓が少し開いているのか、水のにおいのする風が流れた。

「小学生から中学生になっても、螢さんには追いつけない。年齢も経験も。中学二年生になって、身長が螢さんを追い越した時は、本当にうれしかった」

「そんなの、聞いたことない」
「ええ。初めて話しますから。あなたが子どもの頃から花が好きだったから。れんげ草の花毬も首飾りも、編み方を覚えたんです。何度も練習して」

 くっくっと自嘲的な笑いが聞こえる。笑い声と同時に、つないだ春見の手が小刻みに動いた。

「子どもですよね。アピール方法が、完全に間違っています」

 螢は、春見を見つめていた。暗やみに目が慣れたせいで、彼の表情がくるくると変わるのが分かる。

 やはりまだ、自分の知っている春見がそこにいるようで。
 今いる場所が武東家でないのなら、穏やかに昔話をして夜を過ごすことができたかもしれない。

 でも、ここは春見が螢を幽閉するためだけに造らせた座敷牢だ。

「螢さん。どうしてぼくが封花祭で黒鬼に選ばれたか、分かりますか?」
「秋杜兄さんは、跡取りだから?」
「いえ。兄さんは、人を殺すには優しすぎたんですよ」

 優しかったのは春見の方だろう。そう思ったけれど。空蝉が、秋杜の方が春見よりも優しいと言っていたことが頭をよぎった。

「不思議な風習でしょう? 悪しき神を退治するという名目で、人殺しが黙認されるんです。でも、もう時代は変わりましたからね。父は次の依代を孕ませましたが、その子が殺されることはないですよ」

「それならもう問題はないじゃない」
「ええ。でも報いは受けないといけませんよね。自分が弟に人を殺めることを強いるなら、その逆もあり得るということです」
「春見?」

 両手で螢の手をしっかりと握ると、春見は酷薄な笑みを浮かべた。
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