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六章
1、新居の奥座敷
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両手に包帯を巻いた螢は、黒塗りの車に乗せられていた。
無理に箱をこじ開けようとして、ひどい怪我を負ったのだ。車内には消毒薬のツンとするにおいが充満している。
雨に滲む景色は、村から街へと変わっていく。
「あの箱は、縛めの箱。簡単に開くわけがないでしょうに」
春見は運転をしながら、助手席で丸くなる螢に声をかけた。頭からかぶったタオルのおかげで、春見の顔を見なくて済む。
川の底に沈んでいく箱を、螢はただ思いだしていた。
皮膚が裂け、爪がはがれた指を伸ばしながら。それでも空蝉の入った箱を、手放したくなかった。
そんな螢を、背後から抱えたのが、春見だった。
離してと叫んだけれど。春見の手をふり払おうとしたけれど。
軽々と肩に担ぎ上げられ、車に押し込められた。
途中の薬局で消毒薬と包帯を買うと、春見は螢を手当てした。
車が着いたのは、春見と京香が暮らす新居だった。
雨は降りやまず、重く雲が垂れこめた空に稲妻が走った。遅れて雷鳴が轟く。
「おかえりなさい、春見さん。あら、やっぱり連れていらしたのね」
春見と螢を出迎えたのは、京香だった。ウェスト部分を細くしぼり、スカートの広がるワンピースを着ている。
肩や鎖骨があらわになった派手な格好だ。
「お部屋は用意できているわ。螢さん、びしょ濡れね。お風呂の準備をさせましょう」
「出かけるのですか? 京香」
「ええ、デートなの」
驚いた螢は、京香と春見を交互に見た。デートという言葉に、自分が知っている以外の意味があるのかと考えたほどだ。
京香はレースの手袋をはめながら、妖艶に微笑んだ。
「今晩は帰らないわね」
「そんなあけすけな言い方をして。螢さんが驚いていますよ」
「あら、ごめんなさいね。でも、春見さんは私が恋人たちと遊んでも嫉妬しないの。心が広いわよね。独占欲が強い秋杜さんとは大違いだわ」
頭からかぶったタオルを、螢は握りしめた。
理解できない。それって夫婦といえるのだろうか。結婚する意味があるのだろうか。
螢に与えられたのは、母屋の近くにある離れだった。
庭にある池にかけられた橋を渡ったところにある、平屋のこじんまりとした建物だ。
けれど、その異質さに螢は足を止めた。
縁側も座敷も、木の格子の向こう側にあるのだ。
「これって、まさか。座敷牢?」
「離れの奥座敷ですよ。格子は気になりますか?」
「当り前でしょ。そんな犯罪者みたいな……」
螢に傘をさしかけている春見が、考え込むように額に手を当てる。
「迷ったんですよ、設計の時に。あなたが逃げないという確証はどこにもないですからね。格子を失くして見晴らしをよくすれば、あなたの足に鎖をつけなければならない。そんな生活は、嫌でしょう?」
(この座敷牢は、わたしを閉じ込めるためにわざわざ作ったの?)
十年間、螢のことを捜していたと言った。春見は一度も山に入っては来なかったけれど。きっと山菜を採る人たちの話から、山に暮らす少女のことを知っていたのだろう。
自分の結婚の噂を流し、螢をおびき寄せ、虫籠に入れる。
まんまと春見の罠にはまったというわけだ。
無理に箱をこじ開けようとして、ひどい怪我を負ったのだ。車内には消毒薬のツンとするにおいが充満している。
雨に滲む景色は、村から街へと変わっていく。
「あの箱は、縛めの箱。簡単に開くわけがないでしょうに」
春見は運転をしながら、助手席で丸くなる螢に声をかけた。頭からかぶったタオルのおかげで、春見の顔を見なくて済む。
川の底に沈んでいく箱を、螢はただ思いだしていた。
皮膚が裂け、爪がはがれた指を伸ばしながら。それでも空蝉の入った箱を、手放したくなかった。
そんな螢を、背後から抱えたのが、春見だった。
離してと叫んだけれど。春見の手をふり払おうとしたけれど。
軽々と肩に担ぎ上げられ、車に押し込められた。
途中の薬局で消毒薬と包帯を買うと、春見は螢を手当てした。
車が着いたのは、春見と京香が暮らす新居だった。
雨は降りやまず、重く雲が垂れこめた空に稲妻が走った。遅れて雷鳴が轟く。
「おかえりなさい、春見さん。あら、やっぱり連れていらしたのね」
春見と螢を出迎えたのは、京香だった。ウェスト部分を細くしぼり、スカートの広がるワンピースを着ている。
肩や鎖骨があらわになった派手な格好だ。
「お部屋は用意できているわ。螢さん、びしょ濡れね。お風呂の準備をさせましょう」
「出かけるのですか? 京香」
「ええ、デートなの」
驚いた螢は、京香と春見を交互に見た。デートという言葉に、自分が知っている以外の意味があるのかと考えたほどだ。
京香はレースの手袋をはめながら、妖艶に微笑んだ。
「今晩は帰らないわね」
「そんなあけすけな言い方をして。螢さんが驚いていますよ」
「あら、ごめんなさいね。でも、春見さんは私が恋人たちと遊んでも嫉妬しないの。心が広いわよね。独占欲が強い秋杜さんとは大違いだわ」
頭からかぶったタオルを、螢は握りしめた。
理解できない。それって夫婦といえるのだろうか。結婚する意味があるのだろうか。
螢に与えられたのは、母屋の近くにある離れだった。
庭にある池にかけられた橋を渡ったところにある、平屋のこじんまりとした建物だ。
けれど、その異質さに螢は足を止めた。
縁側も座敷も、木の格子の向こう側にあるのだ。
「これって、まさか。座敷牢?」
「離れの奥座敷ですよ。格子は気になりますか?」
「当り前でしょ。そんな犯罪者みたいな……」
螢に傘をさしかけている春見が、考え込むように額に手を当てる。
「迷ったんですよ、設計の時に。あなたが逃げないという確証はどこにもないですからね。格子を失くして見晴らしをよくすれば、あなたの足に鎖をつけなければならない。そんな生活は、嫌でしょう?」
(この座敷牢は、わたしを閉じ込めるためにわざわざ作ったの?)
十年間、螢のことを捜していたと言った。春見は一度も山に入っては来なかったけれど。きっと山菜を採る人たちの話から、山に暮らす少女のことを知っていたのだろう。
自分の結婚の噂を流し、螢をおびき寄せ、虫籠に入れる。
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