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五章

8、彼を捜して

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「ぼくが苦しまなかったと、思っているのですか。あなたに想像できますか? 大好きだった従姉を殺せと言われたこと。その従姉は、血を分けた姉だったこと。ぼくはこの村の……黒羽家の何を信じていいのか、分からないんです」

 春見の声は震えている。

「春見……」
「安心してください。螢さんを追いつめた兄さんは、ちゃんと退治してあげましたよ。この村には、意思を奪う薬草が生えているんです。かつて依代となった子どもに飲ませたんでしょうね」

 壮健だったかつての秋杜の面影は、どこにもなかった。あのうつろな瞳と無気力さは、すべて薬のせいだったのか。
 自分もその薬を飲まされていたかもしれないと考えると、ぞっとした。

 けれど本当に怖いのは、春見だ。

 子どもの頃は、年の離れた秋杜に「軟弱だ」「女々しい」と罵られていたのに。
 完全に兄と立場が逆転している。
 春見が、こんなに狡猾な面を持っていたなんて。

 いや、きっと素直なままでは生きられなかったのだろう。柔らかな心は握りつぶされ、二度と戻らない。

「春見。空蝉をどこへやったの?」
「ぼくの提案に応じてくれたら、いずれ教えてあげますよ」
「わたしは、もう帰りたいの」

「疫神と一緒にですか? それはできませんね。ぼくは今も、あなたを村から逃がしたことを後悔しているのですから。あの時、中学生でなかったら、もっと力と知識があれば。疫神だけを退治する方法を見つけることができたのに」

 ギリッと春見は歯を噛みしめた。

「十年前のぼくにできたのは、ただあなたをいましめる鎖を断ち切ることだけでした」
「それは、感謝しているわ。だから、もうわたしに構わなくていいのよ」
「螢さんの意思は関係ありません。ぼくが構いたいんです」

 春見は目をすがめた。螢を見すえる瞳は、暗く沈んでいる。
 風が吹き、木の葉をざわめかせた。丈の高い下草がなびき、羽虫が一斉に飛び立つ。

(ああ、まただわ)

 螢は、依代として足にかせと鎖をつけられた時のことを思いだした。
 自分がどうしたいかなど、関係ない。ただ黒羽の人間は、螢を好きなように扱うだけだ。
 彼らにとって、螢はただの人形でしかないのだから。

 遠くで雷の音がした。
 ぽつり、と雨の雫が草の葉を叩いた。

 まばらだった雨粒は急に本降りとなり、螢や春見を叩きつける。

 螢は踵を返して走った。
 空蝉を閉じ込めた場所の想像はついている。

 痛いほどに顔を打つ雨。
 かつては土の道だったけれど、今はアスファルトが敷かれた道を、ひたすらに進む。

 春にはれんげ草が咲き誇っていた場所も、今では青々とした稲ばかりだ。水田では雨を喜ぶ蛙が鳴いていた。

「たしか、この辺り」

 見つけた。
 小川の中に立てられた四本の杭。紙垂しでをつけた縄の中、川底に金属の箱が沈められていた。
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