生贄の花嫁は、孤独な悪しき神に愛される

真風月花

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一章

6、泣いた黒鬼

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「……人殺しを弟に任せて、あなたは高みの見物ですか」
「これは殺人ではなく、疫病神の退治だ」
「でも、わたしを殺すつもりでしょう?」

 螢の言葉に、秋杜は乾いた笑いを洩らした。

「困ったな。螢はもう人ではないのだよ。さぁ、儀式の再開だ」

 赤鬼たちが、緋色の打ち掛けを翻しながら、飛び跳ねる。
 激しくなる太鼓と鉦の音。

 春見が刀を構えた。
 だが、そのまま動きが止まってしまった。

「春見! ためらうな。ようやく疫神を封じることができるんだ。この機を逃せば、またわざわいがまき散らされる。今年だけで、もう何人の野辺送のべおくりをしたと思っているんだ!」

 黒鬼の面をつけたまま、春見はかざぐるまを見つめた。

 どれもまだ色褪せずに、鮮やかな色彩を保っている。かざぐるまの本数は、そのまま幼くして亡くなった村の子どもの数だ。
 軽やかに回る音で、幼子おさなごの霊を慰めると伝えられている。

「さぁ、早く」
「……できません」

 黒い面の下から、ぽたぽたと涙の雫が落ちた。刀の柄を握る白い手が、しとどに濡れる。

「だって、螢さんじゃないですか」
「こいつはただの依代だ。いらぬことを考えるな」
「どうして? 螢さん以外の何者でもないのに」

 春見の声は小さく、かすれていた。
 赤鬼たちもいつしか舞をやめ、辺りを静寂が支配していた。
 
 ただかざぐるまの回る音だけが、聞こえている。

「貴様。どこまで軟弱なんだ!」

 秋杜は春見を蹴り飛ばした。そして刀を取り上げる。
 土にまみれても、春見は兄にすがりつく。

「いやです。殺さないで! 螢さんを助けて」

 無表情であるはずの、黒鬼の仮面が激しく慟哭している。その悲痛な叫びに、村人たちがざわめきだした。

「そうだよ。もともと疫神を封じるのは、疫神送りというて、村の境の川に依代の紙人形を流すだけだったはず」
「けど、うちの子が三歳で亡くなってしまった。そんな紙の依代なんか……」

 村人たちの声は、いっそう大きくなる。秋杜は彼らを見やると、忌々しそうに舌打ちした。

「お前が出来ぬのなら、俺がやる」

「逃げて、螢さん」

 春見は秋杜に体当たりした。思わぬ弟の反撃を受けて、秋杜はよろめいた。

 兄の手から離れた刀を握り、春見は螢の足につけられた鎖を断ち切り、木の枷を割った。

 螢はよろめきながらも立ち上がった。
 踏みつけられて潰れた花毬を掴み、走りだす。

 赤鬼を突き飛ばし、結界として張られている注連縄しめなわを引きちぎり、坂を駆けおりる。

「疫神を、螢を逃がすな!」

 秋杜の怒声が、遠く聞こえた。

 足がもつれても、ころんでも、前に進む。
 息が上がり、したたる汗で目が痛む。

 青い空も、緑の山も、薄紅と黄色の花畑も。すべてが滲んで見えた。
 ただ、泣いている黒鬼の姿だけが明瞭だった。
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